「情報処理」から「意味形成」へ:AI時代に管理職が担うべき“真の仕事”


『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』という文章を書いてから、もうちょっとこの問題を深掘りしたいなと思い、「センスメイキング」「正解を知らない上司」「アダプティブ・リーダーシップ」などの視点から、AI時代における管理職の役割転換について考えてみました。

「若手に任せるよりAIのほうが速い」――この切実な現場の実感は、組織論の観点からも極めて重要な転換点を示唆しています。

AIが劇的に進化し、業務の「処理速度」と「精度」において人間を凌駕している今、私たち人間、とりわけ組織を率いるリーダーには何が残されるのでしょうか。


1. カール・ワイク的転換:情報処理からセンスメイキングへ

組織心理学者のカール・ワイクは、組織における「センスメイキング(Sensemaking:意味形成)」の重要性を提唱しました。これは簡単に言えば、「曖昧で混沌とした状況に対し、納得できる意味を与え、周囲を巻き込んで現実を動かしていくプロセス」のことです。

AIは、膨大なデータを分析し、論理的な解を出力する「情報処理(Processing)」においては、もはや人間を遥かに凌駕しています。しかし、AIにはできないことがあります。それは、「正解のない状況で、腹落ちする物語(ナラティブ)を作ること」です。

『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』で書いた「意思決定は“もっともらしさ”ではなく“引き受け”の問題」 という一節は、この本質を突いているのではないかと思います。

ビジネスの現場では、論理的に正しい案(AIが出せる案)が必ずしも通るとは限りません。社内の政治的力学、タイミング、関係者の感情――これら複雑な文脈を読み解き、「今回はこの方向で行く」と決断し、その結果責任を負うこと。これは「正解」を探す作業ではなく、組織にとっての「意味」を作る作業であり、これこそが人間にしかできない高度な知的生産活動なのではないでしょうか。

2. 「学習インフラ」としてのリーダーシップ:正解の提供者から環境の設計者へ

かつての伝統的な「徒弟制度」では、師匠(上司)が「正解」を持っており、弟子(若手)はそれを模倣することで成長しました。しかし、技術や環境の変化が激しい現代において、上司が常に「最新の正解」を持ち続けることは不可能です。ましてやAIが瞬時に最適解を出せる時代において、知識量だけでマウントを取る上司は、『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』に書いたように「承認ゲート」へと成り下がってしまいます 2。

ここで求められるのが、「アダプティブ・リーダーシップ(適応型リーダーシップ)」への転換です。これは、既存の知識で解決できる「技術的問題」と、人々の価値観や行動変容を伴う「適応課題」を区別し、後者の解決を促すリーダーシップです。

また、部下の成功や成長を第一に考える「サーバント・リーダーシップ(奉仕型リーダーシップ)」の概念も重要になります。『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』で書いた「学習インフラ」というあり方は、これらのリーダーシップ論を現代的にアップデートした定義と言えるのではないかと考えます。

上司の役割は、部下に「答え」を教えることではありません。

  • 「制約を言語化して渡す」ことで、AIには見えない組織の文脈を補うこと 
  • 「合意形成の設計」を行い、アイデアが実現する道筋をつけること 
  • 「成長のための課題設計」を行い、学習曲線が描ける環境(インフラ)を整えること 

これら「環境設計」こそが、AI時代の新しいリーダーシップの形なのではないでしょうか。

3. 「知識」から「メタ認知」へ:思考プロセスの監督者として

最後に触れたいのが、マネジメントにおける「メタ認知」の重要性です。

若手がAIを使って高い品質のアウトプットを出してきた時、上司が見るべきは「成果物の出来栄え」だけではありません。「その成果物がどのようなプロセスで生成されたか」を俯瞰する視点です。

  • なぜそのプロンプト(指示)を選んだのか?
  • AIが出した回答の前提条件にバイアス(偏り)はないか?
  • その結論に至る過程で、どのような思考のショートカットが行われたか?

AIが思考の「実行」を代行してくれるからこそ、人間である上司は、その思考プロセス自体を客観的に観察・評価する「メタ認知」能力を発揮しなければなりません。

『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』で書いたように、若手がAIを「思考の品質保証装置」として使うならば 、上司はその装置が正しく機能しているかを監査し、より高次の視点から問いを投げかける「監督者」としての役割を担うことになるでしょう。

AIに「奪われる」のではなく、人間が「引き受ける」

「若手に任せるよりAIのほうが速い」という現実は、私たちから仕事を奪うものではなく、私たちが「本来人間がやるべき仕事(意味形成、環境設計、メタ認知)」に集中するための契機と捉えるべきです。
AIには出せない「責任」と「文脈」を扱い、若手と共に未来を作っていけるか。組織研究の視点からも、今まさにすべての中間管理職がその分岐点に立っていると言えます。

といったことを、管理職ではない私が年の瀬に考えました。
現場担当からは以上です。

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