若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる


「若手に任せるよりAIのほうが速い」

こう実感している方々はめちゃくちゃ多いと思います。私もそのうちの一人です。
資料の下書き、調査、議事録、メールの文案。一定の品質で即座に返ってきます。さばかなければいけないタスクの多さ、人手不足とコスト圧の中で成果を求められる中間管理職やリーダー層が、AI活用へ傾くのは自然なことです。

ただ、ふと感じたのです。これ上から下の視点だけど、下から上の視点もあるんじゃないかと。つまり、


若手をAIに置き換える発想は、上司の価値も同時に置き換える。

ということです。

結論からいうと、若手がAIを使って“考えを整える”ことが当たり前になると、上司に求められるのは「正解」ではなく別の価値になる。そこに適応できない上司は、若手より先に相談先から外れてしまう。
キツイ言い方をすれば、若手から必要とされない、頼られない上司になってしまう。会社からも必要とされないマネージャーになってしまう――。

そんなことをこの年の瀬に考えました。


「若手に任せるよりAI」論が支持される理由

まず前提として、この見出しの主張が支持される背景は、若手の能力云々ではありません。構造の問題です。

  • 仕事が速い:下書き、要約、たたき台作成、案出しが即時

  • コストが安い:人件費・採用費・育成費と比較されやすい

  • 品質が安定:個人差が小さく、ムラが出にくい

  • 依頼が楽:心理的コストが低く、時間も読める

この条件が揃うと、「若手に振って育てる」より「AIに任せて進める」ほうが合理的に見えます。しかし、合理性の矛先は若手だけに向きません。


置換されるのは若手だけではない

AIを使うのは上司だけではりません。若手だってAIを使います。
若手がAIを使い始めた瞬間、比較対象は「他の若手」ではなくなります。比較対象は“AI+若手”になります。

では上司はどう比較されるか。
“上司+経験”が、“AI+若手”と比較されるようになります。

ここで、上司が「自分の経験則で正解を出す人」として振る舞い続けると価値が落ちていきます。AIは少なくとも、以下のことを返せてしまうからです。

  • 前提条件の整理

  • 複数案の提示

  • リスクとトレードオフ

  • 反論(反証)の候補

  • 検証計画のたたき台

  • 文書化(企画書・稟議・メール・議事録)

上司が返せるのが「結論」だけ、あるいは「好み」や「過去の成功体験の焼き直し」だけだと、若手はこう思います。

「この相談は、上司よりAIの方が“思考の品質”が上がる」と。

ここで起きるのは反抗でも怠慢でもありません。相談先の最適化です。


若手がAIに相談し、上司を見限るメカニズム

若手が上司に相談する理由は、本来こうです。

  • 視野が広がる

  • 論点が鋭くなる

  • 判断の根拠が増える

  • 意思決定の質が上がる

ところが現実には、上司側の固定観念、狭い成功体験、部門政治、時間不足によって、フィードバックが“質”ではなく“無難さ”に寄ることがあります。結果として若手はこう学びます。

  • 上司に相談すると、進行が遅くなる

  • 理由の説明より、結論(やる/やらない)が先に来る

  • 代案比較や検証ではなく、指示が増える

  • 「なぜそう判断するのか」が共有されない

このとき若手がAIに寄るのは自然なことです。AIは、少なくとも「論点の型」を渡してくれます。
若手にとってAIは、思考の品質保証装置になります。ややもすれば、上司に相談するよりもずっと正確、相談しがいがあると感じられてしまうかも知れません。

この話の行きつく先は、上司は育成者ではなく、ただの「承認ゲート」に成り下がることです。


すでに起きているかもしれない兆候

「最近の若手は相談してこない」を、意欲や根性の問題で片付けると、観測を誤ります。相談先がAIへ移っているサインは、もう少し具体的です。

  • 1on1が報告会になり、論点が深まらない

  • 稟議や企画書は整っているのに、本人の腹落ちが薄い

  • “反論への備え”だけ上手くなり、現場観察が弱い

  • レビューが「修正指示の羅列」になり、判断基準が共有されない

  • 若手の提案が「上司を説得するための文章」になっていく

ここまで来ると、若手は「上司に相談して良くなる」ではなく、「AIで整えた案を上司に通す」が基本動作になります。


上司が提供すべき価値は「正解」ではない

ここからが重要です。上司がAIに勝つ必要はありません。勝つ場所が違います。
上司の価値は、知識量や賢さではなく、組織の中で意思決定を成立させる力にあります。

上司が“相談価値”として提供すべきものは、次の4つに集約できます。

1. 制約を言語化して渡す

会社固有の事情(予算、契約、法務、顧客、優先順位、組織の地雷)を、明示して渡すこと。
AIは一般論に強いですが、その会社特有の制約や事情までを知りません。上司はそこを補えます。

ポイントは「ダメ出し」ではなく、前提条件の共有として渡すこと。「それは無理」ではなく「この条件を満たせるなら行ける」ということを示すことです。

2. 責任を引き受ける

意思決定は“もっともらしさ”ではありません。引き受けの問題でもあります。
上司はリスクを背負えますが、AIが背負うことは決してありません。

若手が欲しいのは「正解」より、「この判断で進めていい」という責任の所在です。ここを出せない上司は、相談先としてとてもとても弱いです。

3. 合意形成の設計をする

案が通る/通らないは、内容だけで決まりません。関係者の利害、根回し、落とし所。ここは人間の領域です。

若手の提案が折れる理由の多くは、案の質ではなく通し方にあります。上司は「誰に何をどう順番で話すか」を設計して渡すことができます。

4. 成長のための課題設計をする

若手に任せるべきは作業ではなく、学習曲線が立つ仕事です。
難易度を調整し、レビュー観点を明確にし、振り返りを仕組みにする。

ここで上司がやるべきは“教える”より、上達する環境を作ることです。AIはアドバイスはできますが、課題設計と配分の権限は持ちません。


AI時代の上司は「承認ゲート」か「学習インフラ」か

「AIの方が速い」という本音は正しいです。首がもげるほど正しいです。
ただし、それをそのまま突き進めば、若手が減るだけではなく、上司の相談価値、ひいては存在価値も減っていきます。

承認ゲートでは生き残っていけません。生き残るのは、制約・責任・合意・成長設計を提供できる上司です。

若手がAIを使うことを止めるのではなく、AIを使う若手から「それでもこの人に相談したい」と思われる側へ。
それが、AI時代の中間管理職に残された現実的なアップデートではないでしょうか。

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