IT企業の「新人が質問・相談してくれない問題」の解決案を、なぜ医療という異世界から持ってこれるのか?

 「新人エンジニアが質問・相談してくれないんだ」という悩みを、とあるIT企業のマネージャーから聞いたとき、今までまったく交わることもなかったRRT(Rapid Response Team)が、ビビッとつながりました。

RRTとは心停止に結びつきうる兆候に気づいた病棟看護師からの応援要請に応える緊急対応チームのことです。医療で緊急対応と聞くと、コードブルー(患者の容態急変などの緊急事態が発生した場合に用いられる救急コール)を思い浮かべる方がいるかもしれませんが、コードブルーとRRTの違いは、コードブルーの仕事が火事の「消火」であるのに対し、RRTは「煙を見つける」仕事です。

RRTは看護師から呼び出されると、RRTは数分後には患者の病床に駆けつけて診断し、しかるべき処置を施す。検査、治療の必要を判断します。このチームを機能させる肝は、看護師が患者に微細な変化を見つけたら、躊躇なくRRTを呼び出せるようにすることなのですが、経験の浅い看護師ほど、自分の観察が間違っていて、ムダにRRTを呼んでしまったら申し訳ない・恥ずかしい・非難されるのではないか、といった気持ちが壁になります。その壁を取り除くための状態を、様々な施策によって生成しているのですが、それはこのブログの本題ではないので、詳しくはこちらの記事をご覧下さい。

新人エンジニアが相談してくれない問題の処方箋を、医療現場から得る|前田考歩|note


ここでの関心は、IT企業の問題を解決する案が、業界の異なる医療の現場から持ってこられるのか?ということです。

実際のところはわかりませんが、もしみなさんがIT企業のマネージャーだとして、新人エンジニアが相談しにこない問題を解決するために、どんな行動をとるでしょうか?

ちょっと想像してみます。まずは検索。「エンジニア」、「新人(若手)」、「相談(相談しない)」といったワードを組み合わせてみます。シークレットモードで「エンジニア、新人、相談しない」で検索すると、このような結果になります。

これだと、エンジニアという職種における相談しない問題に関する情報しか出てきません。そこで「エンジニア」という職種情報はとってしまって、「新人、相談しない」として、検索対象を広げることにします。

この検索結果をざっと見ると、エンジニアという枠は外れたものの、医療という異世界の方法にたどり着くことはできません。
枠が外れた分、より普遍的なマネージャーとしての心構え や新人の指導方法、報連相のし方といった記事が出てきます。
これで問題解決の方法・アイデアを得られればそれはそれでよいことです。ただ、繰り返しになりますが、ここでの関心は、異世界の方法をいかに持ってこられるか?です。話を続けます。

RRTがビビッと「相談してくれない問題」につながったとき、もうひとつ「アンドン」がビビッとつながりました。
「アンドン」とはトヨタ生産方式で有名な、製造ラインで不良品などが出たときに、素早くその情報を当該担当者に伝える報告の仕組みです。ITの「新人が相談してくれない問題」が、なぜ医療の世界とつながり、医療の世界がなぜ自動車の世界とつながるのか?(ちなみに最近は、アンドンの考えがアジャイル開発の現場で使われていて、自動車の世界の言葉がITの世界に入ってきています)

以下に医療・自動車・ITの世界の課題と方法を整理してみました。



このように並べてみると、RRTもアンドンも、問題を早期に発見して報告すること。そのために問題を報告することを忌避せずにすむ工夫をしていることがわかります。ITの世界にアンドンの考えが入ってきていることは先ほど書きました。アンドンが「新人エンジニアが相談してくれない問題」をどう解決するかはわからないですが、RRTもアンドンも役に立つと仮定して、話を「どうやったら自分の世界にはない問題の解決案を、異世界から持ってこられるか?」に戻します。

ITの世界にいると、「不良品」や「突然死」という言葉は使いません。医療の世界にいたら「バグ」という言葉は使いません。世界と世界の間には明らかな壁があります。エンジニアという言葉を使う世界では、絶対に医療の世界の方法にはたどり着かない。その壁を乗り越えて、自分の世界に役立つ方をどうやって持ってくるか?

このブログの冒頭に、「新人エンジニアが相談してくれないんだ」という相談を、とあるIT企業のマネージャーから聞いたとき、今までまったく交わることもなかったRRTが、ビビッとつながりました」と書きました。「ビビッと」というのは本当に一瞬のことだったのですが、あらためてこのビビッとのプロセスを後付けになってしまいますが検証してみます。

「新人エンジニアが相談してくれない」という文を分解すると、「新人」、「エンジニア」、「相談」になります。
この問題の解決案としてビビッとつながった「RRTの仕組み」を一言で説明すると、「患者の容態の変化をいち早く見つけて、緊急対応チームに報告する仕組み」となります。これを分解すると「患者」、「容態の変化」、「いち早く」、「見つける」、「緊急対応チーム」、「報告する」、「仕組み」になります。さらにRRTの肝は、「経験の浅い看護師」がいかに躊躇なく報告できるようにするか?です。「経験の浅い」がキーワードになります。

それぞれ分解した言葉のうち、対応するものを並べてみます。
「新人」―「経験の浅い」、「エンジニア」―「看護師」、「相談」―「報告」あたりになるでしょうか。
これらのワードが鍵と鍵穴になって、RRTが引っ張り出されたのか、なんとも言えません。ことの真偽はともかく、今回は私のなかにRRTがあったので、「新人エンジニアが相談してくれない問題」がRRTに結びつきました。とてもラッキーなことです。

では私のなかにRRTがない場合、絶対にRRTに出会えないのか?運に任せるしかないのか?

私はこの問いに対し、一つの方法に可能性を感じています。
すこし前の文章に、私は「より広い世界に“のぼって”も、医療の世界には“降りて”いけない。」と書きました。
エンジニアという言葉を使う世界から、それを使わない世界に“のぼる”というのは、抽象の世界に“のぼる”ということです。
抽象の世界とは、IT業界では「利用者(ユーザー)」、医療の世界では「患者」と呼び分けているものを捨象して、「●●」と呼ぶ世界です(この●●をなんと言うのか、私にはわかりません)。「バグ」という言葉を捨象して残る抽象的な「●●」という言葉を見つけ、そこから「突然死」という言葉にたどり着くことができるんじゃないか。「バグ」から直接「突然死」にはワープするのは、両者の言葉に架橋している言葉を見出すことができればいけるのかなぁとは思いますが、こちらの方がよりセンスを求められるような気がします。

書きながらちょっとよくわからなくなってしまったので、今日はここでいったん終わります。こういう異世界の言葉は、劇的に人生を変えたり、局面を打開したりします。アナロジーとかメタファーの力ってやつです。この異世界の言葉・方法を意図的にもってくる方法は折を見て考えつつ、今のところは、世の中の様々なプロジェクトをプ譜で収集(これを「採譜」といいます)し、収集する過程で、「あ、このプロジェクト、構造的にはあれと同じだぞ!」という発見を楽しんでいきたいと思います。

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