10才の娘がChat-GPTを使うときに言った「質問を考えるのってむずかしいね」について

私は算数ができません。ジージョ(小学4年生)の算数からしてできない。

ジージョは割り算の筆算や分数を学んでいますが、分数の計算の仕方がわからない。

ドリルの答え合わせをお願いされても、答えを見て間違っていることは伝えられても、「こう考えればいいんだよ」などとうまく教えられない。

「わかんないなぁ」「なんでこう(いう答えに)なるんだよぉ」とぼやきながら計算するジージョを見るのはとてもつらいものがあります。

そこで苦肉の策として、ドリルを写真に撮ってChat-GPTに「なんでこういう答えになるのか」と聞いてみなと言いました。

答えをそのまま聞くのはダメというルールを課して。


Chat-GPTに聞くための文章を入力しようとしていたとき、ジージョは「質問を考えるのってむずかしいね」と言いました。

私はこれを聞いて、とても嬉しくなり、ハッともしました。

ジージョがとても大事なことを感じていると思ったのです。


そう。質問を考えるのはとても難しいことです。

私は算数ができませんが、プロジェクトを支援する仕事をしています。

プロジェクトというものはルーティンワークとは異なり、未知を孕んでいます。そこにはわからないこと、わかっていることが混在していて、プロジェクトの計画を立てるにはこの「わからないこと」を特定する必要があります。

自分が取り組むプロジェクトの対象に問いかけて、「自分が何がわかっていて、何がわかっていないのか」を自分自身で把握していなければならない。

大人でも難しいその作業に、ジージョは真正面から向き合っていたのです。


ジージョはChat-GPTにこう質問しました。

「私が、この計算をしたら、285になりましたが、答えを見たら、28でした。 どうして、そうなったのですか?」

別の質問ではこう質問しました。(冒頭の写真がコレです)

「この計算で、70割る14で5でした。だけど、2の左にある四角の中は、10でした。その理由を小学4年生でもわかる言い方にして、教えてくれますか?」


Chat-GPTの回答内容を見て、ジージョは「そういうことかぁ、よくわかった!」「楽勝じゃん」と嬉しそうに言いました。


かの心理学者ヴィゴツキーは、「思考は言語化されることによって完成する」と説きました。 

ジージョが口にした「難しさ」は、頭の中にある曖昧なイメージ(内言)を、他者に伝わる論理的な言葉(外言)に変換しようとする際の生みの苦しみの言葉だったのではないかと思います。

この「生みの苦しみ」から逃げない姿勢は、大人の仕事でも全く同じです。

このプロセスを経なければ、本当の意味で「わかる」ことにはならないのです。


プロジェクトにはわからないことがたくさんあります。

このとき、専門家をやとって丸投げすることはできます。でも、それは自分自身の血肉にはあまりならない。当てずっぽうで計画を立てれば炎上まっしぐら。

わからないことがわからなければ、爆弾を抱えてプロジェクトを進めるようなものです。


“わからない”を扱えるようになる。そのために質問を考える。

質問を考える、質問をつくるというのは、“わからない”を言語化する技術です。

ジージョはその尊い入口に立ったのだと思います。


以上、親バカが最前線からお伝えしました。

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