「問題を切り分ければ解決する」という正論が、娘を追い詰めていたことに気づいた日

「パパ、そういうんじゃないんだよぉ」

当時小学2年生だった娘が、絞り出すように漏らしたこの言葉が、今でも私の心に棘のように刺さっています。

恥ずかしながら、そのとき具体的にどんな会話をしていたのかを覚えていません。

ただ、私が娘に対して「あること」をし、その結果、娘を深く傷つけてしまったんじゃないかという苦い感触だけは、鮮明に残っています。

私は普段、仕事において「問題を切り分ける」ことを是としています。

大きなトラブルが起きたとき、それを漠然と眺めるのではなく、要素を細かく分解し、ボトルネックを特定し、最も効果的で容易なところから手を打つ。これはビジネスにおける問題解決の王道です。

あの日、私は娘の悩みに対しても、この方法を持ち出してしまいました。

(忘れてしまったのですが)ある問題を前にして困っている娘を前に、私は何も考えずに問題を切り分けようとしたのです。

しかし、娘の反応は真逆でした。解決に向かって表情が晴れるどころか、表情が曇ってしまい、冒頭の言葉を小さく漏らしたのです。

まず私がすべきことは問題を切り分けることじゃなくて、その問題を抱えて困っている娘に寄り添うことじゃなかったのか。

その困りごとに対して娘が持っていた不安、焦りのようなものをいったん丸ごと受け止めるべきじゃなかったのか。

娘の真意はわかりませんが、もし自分が同じような立場で、問題の切り分けを行われたら、逃げ道を失うというか追い込まれるような気持ちがすると思います。

娘にとってこの問題の切り分けは解決でもなんでもなく、尋問のようなものだったんじゃないか。

「問題を切り分ければいいってもんじゃない」

そんなことを、年始に思い、深く反省しています。

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