教師がどこまで与えて、生徒にどこまで委ねるのか?
2021年8月にEテレの高校講座で「体つくり運動」を見ました。この日の番組は、生徒自らが課題を設定し、それを解決するために探究活動を行う様子が紹介されていました。
プ譜を世に出してから、総合的な探究の時間やPBLでもプ譜が使われているのですが、プ譜をつかった探究の参考や、どこまでを教師が与え、生徒に委ねるのかというバランスについて考えることがあったので、ブログにまとめました。
体つくり運動を楽しむための勝利条件は何か?
番組では「体つくり運動を楽しむためには?」を探究テーマとし、生徒自らが「課題の設定」→「探究活動」→「考察」のサイクルを積み重ねることで、体育実技が主体的・対話的・深い学びになっていくことを目指していました。
3人の生徒が参加して、「体つくり運動を楽しむため」に一回目のサイクルでは、それぞれ下記の課題を設定しました。
- Aさん
私は「ケガをしない、しなやかな体つくりができれば」体つくり運動を楽しめる - Bさん
私は「自分の体にどのような変化が起きるのか分かれば」体つくり運動を楽しめる - Cさん
私は「運動不足を解消できるなら」体つくり運動を楽しめる
感銘を受けたのは、この生徒による課題設定です。私は数校の探究やPBLの支援実績しかありませんが、課題設定は教師側が行う例と、テーマ設定だけしていきなり実際の行動(すること)を始めてしまう例を目にします。
いきなり行動を始めるというのは、今回のテーマであれば、「体つくり運動を楽しもう」→「さて、では●●をしよう」とか、「●●と■■があるので選んでね」といった行動や選択肢を与えてしまうものです。
それがこの授業では課題設定を生徒に行わせていたため、実践経験豊富な先生からすれば「なんだそんなこと」と感じられると思いますが、ここが最初の感銘ポイントでした。
この課題設定はプ譜でいうところの獲得目標と勝利条件にあたります。
獲得目標が「体つくり運動を楽しむ」で、勝利条件が三者三様の課題設定です。
課題を設定したら探究活動に移ります。実際に運動しながら自分の課題を探究するわけですが、その運動の方法とポイントやコツを、日本体育大学の三宅良輔教授が教えます。そして運動の結果、起きた変化、感じたことを生徒に考え発表させるという流れで一回目のサイクルが終わりました。
視点を与えて課題を精緻にする
二回目のサイクルでは、一回目の考察を踏まえて次の4つの楽しみ方の視点を生徒に与え、楽しみ方を広げて探究します。
- する(自分で運動する)
- みる(運動する人をよく見る)
- 支える(運動する友達をサポートしたり応援する)
- 知る(運動の種類や方法、運動に取り組む人などに関する情報を知る)
この4つの視点を生徒が自分で選び、課題を設定していきます。
- Aさん
- 「知る」を選択
- 私は「毎日自宅でも続けられる運動がわかれば」体つくり運動を楽しめる
- Bさん
- 「する」を選択
- 私は「テニスをする時、上手な身のこなしにつなげられれば」体つくり運動を楽しめる
- Cさん
- 「する」を選択
- 私は「体幹を鍛えることができるなら」体つくり運動を楽しめる
二つ目の感銘ポイントは、この「4つの楽しみ方の視点の提示」です。これを提示されたことで、生徒の課題設定が精緻になっていたからです。
- Aさん
- 私は「ケガをしない、しなやかな体つくりができれば」体つくり運動を楽しめる
↓ - 「知る」を選択
- 私は「毎日自宅でも続けられる運動がわかれば」体つくり運動を楽しめる
- Bさん
- 私は「自分の体にどのような変化が起きるのか分かれば」体つくり運動を楽しめる
↓ - 「する」を選択
- 私は「テニスをする時、上手な身のこなしにつなげられれば」体つくり運動を楽しめる
- Cさん
- 私は「運動不足を解消できるなら」体つくり運動を楽しめる
↓ - 「する」を選択
- 私は「体幹を鍛えることができるなら」体つくり運動を楽しめる
一回目のサイクルで実際に運動をしてみたことと、4種類の視点を提示されたことで、より自分の生活やクラブ活動などにひもづけて考えられるようになったのではないかと思います。
教師がどこまで与えて、生徒にどこまで委ねるか?
ここからはプロジェクトに寄せて考えていきます。私はプロジェクトを、当人にとって少しでも未知の要素があり、事前に「こうやれば成功する」というマニュアルを与えられないものとして捉えています。
PBLであれば、生徒が事前に学ぶべき事柄や知識を与えてもらえない。取り組むテーマによっては、教師自身も答えや知識を持っておらず、教えることができないようなものがプロジェクトです。
体つくり運動の授業は、教師が答えや知識、方法を持っていました。生徒が設定した課題に対して「これをやると良い」という方法を渡していました。また、体つくり運動の課題設定を精緻にするための4つの視点も提示していました。
知識、方法、視点、考え方といったものを持っている教師が、これらのものをどこまで生徒に与えるか?でプロジェクトの進め方は変わります。生徒が体験すること、得るものも変わってきます。
知識や方法を与えていくのか。知識や方法は与えず、考え方や視点を与えていくのか。考え方や視点も与えないのか。与えなければそれだけ生徒に委ねるものごとが増えていきます。(もちろん、どこまで委ねるかは与えられている時間の影響も受けます)
私が興味があり、取り組んでいるのは、生徒には何も与えず、生徒自身が自分の目標や課題を実現したり解明・解決したりするための方法を考案・創案する「方法」です。
生徒が方法を創案するための方法
ここからはプ譜をつかって、生徒が自ら方法を創案するための方法の解説です。このブログ記事の流れで、授業で生徒が設定した下記の課題を題材にします。
「ケガをしない、しなやかな体つくりができれば」体つくり運動を楽しめる。
まずこれを勝利条件に置きます。
次に、「ケガをしない、しなやかな体つくり」という表現を手掛かりに、「しなやか」さのイメージを膨らませていきます。
何が・どこが、どうなっていたらしなやと言えるのか?
どんなときにしなやかさは現れるのか?
身体だけでイメージが膨らまない場合は、動物や植物、バネやゴムといった物質など、人体以外にもしなやかさの対象を広げていきます。
しなやかさのイメージを膨らませた後は、関係する対象(この場合は身体)とを再び結びつけ、もう一度言葉で表現しなおします。
例えばこのような表現です。
・「ケガをしない、バネのようなしなやかな体つくりができれば」
・「ケガをしない、柔軟性のある体つくりができれば」
・「力まずに自分の意図するように体が滑らかに動かせれば」
比喩でしなやかさを具体的に表現したり、「しなやか」とは似て異なる表現にしたりといったことを行うことで、より自分(複数人であれば全員が)が腑に落ちる、イメージをありありと捉えられる表現にしていきます。(「ケガをしない、しなやかな体つくりができれば」で十分であればそれで構いません)
勝利条件で表現したものは、しなやかさの「状態」です。
次にこの状態を構成する要素をバラしていきます。
身体であれば体幹、背中、背骨など様々な「パーツ」で分けることをすぐに思いつきます。他にもしなやかさを発揮する・しなければならない文脈や置かれている環境といったことも要素になります。
こうした要素が「どうなっていたら」「どういう状態になっていたら」、勝利条件に置いた「しなやかさ」を実現できるか?を考えていきます。これがプ譜の中間目的になります。
中間目的を出したら、中間目的間の辻褄が合っているかを確認し、中間目的に取り組む順番を決めていきます。
中間目的は勝利条件を要素分解したものになります。勝利条件は「状態」なので、中間目的も「状態」です。状態とは「そうなっている」というもので、中間目的を設定したら「そうなる」ために「する」ことを考え出していきます。
この状態を実現するために「する」こと、手段や方法にあたるのがプ譜の施策です。どんな要素の状態を実現したいかを定義できていれば、することを決めるのは難しくありません。
調べ・ググって出てくる確率が上がり、より自身の目標に適切な手段・方法を選ぶことができるようになります。
「状態を実現すればいい」という考えに立つと、知識や方法を持っている人には思いつかなかったり、知識や方法を持っている人からすると非常識に感じたりする方法を創案する可能性が高くなります。教師に与えてもらっている間は、新しい方法を創出する可能性は限りなく低いです。この考えはAIの強化学習メタファーで説明することができると思うのですが、ここでは割愛します。
話しが抽象的になってきたので一旦ここで終わります。
お伝えしたいのは教師が生徒に委ねる度合いが大きければ、生徒自らが方法や手段を考案していく必要があります。そのためには「状態」を言葉で表現することが、教師なしの、事前に知識や視点を与えられなくても目標を実現する手段や方法を考え出すトリガーになるということです。(イメージを膨らまそうとか、構成する要素は何だろう?と働きかけることが「視点」にあたるのかはよくわからないです)