E●Cの先生がタブレットで「てがるにやってる」からつまらないんだよ。


アーネ(7歳)が近所の英語教室に通っています。

二年生のクラスになって初めての日、教室に迎えに行き、「(初めての二年生クラス)どうやった?」と聞くと、

「先生がてがるにやるんだよ」

と答えました。


私はアーネがなぜ「てがる」という言葉をつかったのかが一瞬わからず、これは「手抜き」の間違いだなと思いました。ただ、「手抜き」というと、先生がなにかラクをしようとしている印象をアーネに与えかねません。

先生はタブレットを使うことで、何が学習効果があると考え、それを試しにやってみたのかもしれません。そのような意図なら、それは「手抜き」とは呼べません。

「てがる」という言葉を、“まちがっている”とは伝えられず、「手抜き」に代わる言葉を見つけられないでいると、アーネが続けて、

「先生が話さないと面白くないし、つまんない」

というようなことを口にしたのです。

すぐに「てがる」という言葉が“まちがっている”を伝えなくて良かった!
「てがる」じゃなくて、「手抜き」やで、と言わなくて良かった!

と、思いました。

アーネが「てがる」という言葉を、“まちがって”使ったから、踏みとどまることができた。

明らかにその文脈では使わない「てがる」という言葉を、アーネがどういう意味で使ったのかということを、ちゃんと考えて、ちゃんと考えたことで、アーネが言葉を継ぐ時間ができ、継いだ言葉(新しい情報)で、よりその言葉の意味を考えることができた。


これ、うまく書き表せないのですが、なんというか、ドンピシャにハマる言葉は、実は危ないんじゃないかと思いました。

その意味とか意図を本当にきちんと表せていないのに、パッと見(耳にしたとき)、ハマっていそうな言葉で表現されていると、早とちりするかも知れず、真意を捻じ曲げて受け止めてしまうかも知れない。

自分でうまく言い表せていないかも知れないから、“あえてその文脈で使わない言葉を便宜的に使う”ということは、かなり難しい、というかムリなんじゃないかと思うのですが、アーネとの言葉のやり取りから、言葉とはなんと便利であると同時に扱いの難しいものなのかと思った次第であります。


以上、親バカが最前線からお伝えしました。

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