「だって、毎日おんなじなんだもん」~アーネが日記を書かなくなった理由
6月になって、アーネが時々書いていた日記を、パタッと書かなくなりました。
学校であんなこと、こんなことがあったというのを、アーネの就寝時間までに帰れなかった時に見ることは、
かつて妻がアーネの育児日誌をつけていた頃と同じような喜びがあります。
それを楽しみにもしていたので、「また書いてな」とアーネに言うと、
「だって、 毎日おんなじなんだもん」
と答えました。
私がアーネと同じ小学一年生だったころ、どのように感じていたか覚えていません。
毎日おんなじと感じていたかも知れないし、そうじゃなかったかも知れない。
学校の授業はそう感じていたかも知れないが、友達と遊ぶのはそう感じていなかったかも知れない。
その逆もあり得る。
ただ、アーネにはそう感じられているのだと思ったとき、大人はどうなんだろうと思いました。
プ譜をつかったワークショップをしていると、ときどき、
「初めてプロジェクトに従事することになって、何をやっていいかわからないので参加した」
という方がいらっしゃいます。
プロジェクトの対義語は、ルーティンワークですが、ルーティンワークを日々繰り返している人は、
「毎日おんなじなんだもん」
と感じているんでしょうか。
私は学生時代のアルバイトでは「おんなじなんだもん」と日々感じていましたが、
大人になってからはあまりそういう気持ちになったことがありません。
なんと伝えたかを正確に覚えていないのですが、アーネには、
おんなじでも、感じた気持ちとかが違ったら、それを教えてな、というようなことを言った気がします。