この人ショパンじゃないよ!~「譜」を残すということ

三学期に入ってから、アーネが歴史漫画シリーズをよく読むようになりました。
二月にショパンを借りてきたので、ショパンのCDも借りてきました。

CDは図書館で借りてきたもので、こういう見た目です。



表と裏ではジャケットの中身がわかりません。
裏面にジャケット(解説書)がくっついている。

アーネがこのジャケットを開いて、開口一番、

「この人、ショパンじゃないよ!」

と言ったのです。

ジャン=マルク・ルイサダさん、です。

「なんでショパンじゃないの?」と聞かれ、ショパンの時代にはCDがない。インターネットもない。録音する機械がない。
誰でも弾けるようにするために、楽譜を書いて残した。
だから、アーネもベートーベンがつくったソナチネを弾いているだろう?

というようなことを話しながら、私は別のことを考えていました。

プ譜のことです。

プロジェクトがどのように進んだか。どんな目的に対して、どんな選択肢からどう意思決定し、行動したかというプロセスを記録するプ譜。
それを見れば、楽譜のように完全に再現することができるという訳ではありませんが、プロジェクトに携わる人々がいつでも参照できるという価値があります。

プロジェクトに携わる人は、後日あるいは後世の人々(それは子孫なのか同僚なのか、まったく別の業界・世界の誰かかわかりませんが)のために、自分が経験したプロジェクトを譜として残しておく価値が、まちがいなくある―。
そう感じました。

以上、親バカが最前線からお伝えしました。

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