殻つきのアサリを買いたいのに、むき身のアサリしかないとき、どうするの?
アーネとジージョはあさりが大好きで、あさりの味噌汁やあさりうどんをよくつくります。
九月のこと、公園に寄った帰り道、私がジージョを自転車に乗せ、アーネは一人で自転車をこいで、
埼玉の誇りスーパー「ヤオコー」に向かいました。
途中、ジージョが寝てしまったため、私はジージョを自転車に乗せたまま店の外で待ち、
あさりを買っておいでと、アーネに財布を渡しました。
アーネとはよくヤオコーで買い物をしているので、アーネもあさりがどこで売っているかを知っています。
しばらくしてアーネが戻り、手にした袋の中身を見ると、そこには「むき身のあさり」が入っていました。
いつもは「殻つきのあさり」を買います。
この行動の過程と結果が私にはたいへん興味深く感じられました。
アーネの前提条件はこうです。
●あさりはいつも殻つきのものを買っている。
●パパとの連絡するための道具(携帯電話)はない。
行動としてはこうなります。
1.目当てのものを買いに行った。
2.目当てのものがなかった。
3.むき身のあさりはある。
4.パパに相談するか考える。
(携帯電話はないが、一度店を出てパパのもとに戻るという選択肢もあった)
5.むき身のあさりを買う。
あさりを買うという決定を、アーネがどのような基準でくだしたのか確かめるのを失念しましたが、
同じあさりなのだから、こっちでもいいじゃんと考えたのか、
殻からあさりをとって食べるのが美味しいし、盛り付けも殻つきじゃないとと思うものの、
どうしてもあさりが食べたくて妥協して買ったのか。
そこには、パパのところへ戻るのもめんどくさいという感情もあったかも知れません。
私はむき身のあさりが店に売っているということを知りませんでした。
もし知っていて、どうしても殻つきのあさりを欲していたなら、
「殻つきあさりがなく、むき身のあさりしかない場合、買ってこなくていい」といった
事前の指示出しが可能です。
私たちは普段いかにあいまいにコミュニケーションしているかということを再認識しましたし、
人の意思決定の仕方について考えるきっかけにもなりましたし、
本当に子どもからはいつも多くのことを気づかされ、考えさせられます。
以上、親バカが最前線からお伝えしました。