なんでも言い合える関係性ってどんなもの?
10月にアーネが7歳の誕生日に、実家の両親と大叔母からプレゼントをもらったお礼の手紙を書こうと、アーネに二通の手紙を書かせたことがありました。
アーネが書いた手紙はこんな内容でした。
「じいじ、ばあば。プレゼントありがとう。こんどはツムツムのゲームちょうだいね。あと、たまごもちょうだい」
「こんどはリカちゃんのみつごのあかちゃんをちょうだいね。ジージョはべつものをあげてね」
この手紙を見て、私はこうしたことを言いすぎて、手紙を書くことを嫌いになったら困ると思いながらも、
こんなことを言ってしまいました。
・じいじもばあばもサンタさんじゃない
・こんなくれくれ言う手紙を見たら、どんな気持ちになる?
・これじゃ恥ずかしくて送れない
私は一年生がどのような手紙を書くことができるのかという基準を知りませんが、
アーネは時々すてきな手紙を書きます。
どんなときにすてきな手紙を書いていたかを思い出してみると、
両親から出された手紙の内容に対して、返事を書いたときだったんじゃないかと思い至りました。
相手から書かれた内容があって、それに応える。
というのと、
自分から相手に何かを伝える、というのとでは全然ちがいます。
大人からすると、誕生日プレゼントをもらったことに対して、
御礼の手紙くらいササッと書けると思いがちですが、
アーネにはそれが簡単なことではなかったもかもしれないと思いました。
その日の夜、ベッド「ひょっとして、どう書いていいかわからなかった?」とアーネに聞くと、
「プレゼントありがとうって書いてから、わからなくなった」と言って寝てしまいました。
このことを、翌日実家の父に話すと、「おまえが求めすぎ」というようなことを、
下記のようなことと合わせて言われました。
●アーネは、三重のじいじとばあばが相手だから、そうやって書いたかもしれない。
(妻のじいじとばあばなら書くか?)
●誰なら何を書いていいかということは、子どもはちゃんとわかっている。
●アーネは、アーネが今書けることを書いたかもしれない。
●なのに、こんなことしか書けないのかというようなことを言われたらどうか。
●アーネのあるがままをみよ
久しぶりに父におこられて、私は自分が誰の目を気にしていたかということに気づきました。
こうした歪んだ目を持たぬよう、曇りなきまなこでいたいと反省した、というエピソードでした。
このことがあって以降、アーネが口にすることは、
アーネと私の関係性のなかで言っていることなのだという意識でもって生きておりますが、
いくら帰宅が遅れ、ろくに寝ていなくても毎朝私がつくる朝食を、
「パパ、今日のチャーハンおいしくないね」
と、時々口にするのも、アーネと私の関係性の中で言っているのだと、
IQより愛嬌が大事やぞと時々さとしながら、今日もがんばっています。
