プロジェクトの初期段階にこそ、「勝利条件」を多様に表現せよ。

2018年8月21日に、創業・ベンチャー支援センター埼玉で、プ譜を使って創業後のイメージを具体化していくための、「起業アイデア事業化セミナー」を開催しました。

セミナー開催を機に、会場近くの書店に営業して書籍を発注頂きました。

これまでプ譜の制作ワークショップは、経営者の方、企業の新規事業担当者の方々が主な参加者でしたが、今回はこれから起業、或いは起業して数ヶ月という方々が対象です。※プ譜が何かわからない、という方は恐れ入りますが、こちらの記事(『プロジェクトはそもそも計画通りにいかないようにできている!?』宣伝会議アドタイ)をご覧下さい。

プ譜はプロジェクトのプロセスを記述し、プロジェクトを進めていくための思考のフレームワークです。



私は過去2回起業し、大企業からベンチャー企業の新規事業プロジェクトに携わってきましたが、あるアイデアやプランをもってプロジェクトが始動する時の高揚感は、えもいわれぬものがあります。

しかしながら。
今思えばあの時もっとこうしていれば...という悔恨の想いとともに振り返るプロジェクトの方が多いものの、こうしたしくじり経験を皆様に伝え、それを乗り越えるためのフレームワークをお渡しするのは、一つの義務ではないかと、いよいよ四十路を迎えるオジサンは考えるようになりました。

さて、この記事では、この日の内容のうち、特にお伝えしたい部分をかいつまんでお届けしたいと思います。
今回の参加者のみなさんのステータスを鑑みますと、起業というプロジェクトの初期段階には、以下のような特徴があります。

  • プロジェクトとは基本的に「未知」なものである。
  • それゆえ、この時点で全てを予見した完璧なプランを立てることは不可能。
  • 未知とは無限定。
  • プロジェクトは極論すれば、無限定な状態から始まる。何をやってもいい。選択肢は無数。
  • プロジェクトはスタート時が、最も手数を多く思い浮かべることができる。
  • 無限定なために、拘束条件の創出が先行する。拘束条件は所与のものもあれば、自ら創り出すものもある。
  • スタート時がもっとも制約条件が少ない。
    ※「プロジェクトの過程における諸施策の結果もたらす状況は、即座に次の局面における制約条件となり、ときにプロジェクトの勝利条件そのものの変更すらも要求する」から(プロジェクト工学第3法則)
  • 試行錯誤するならスタート段階しかない。スタートしたら、やり直しはそう多くできない。
  • 試行錯誤をして失敗をするなら、筋の良い失敗を、小さく・早くした方が良い。

このように自由度の高い状態で、色々な打ち手を考えることのできる時期であるものの、この日参加された「これから起業しようと考えている」方がつくったプ譜を拝見すると、自分の起業の道・手段は「これしかない!」という考え方をしておられるようでした。

例えば、こんなプロジェクトがありました。

不登校児の社会復帰支援を行う活動を立ち上げる、というプロジェクト。これがプロジェクトの目標、すなわちゴールです。
このプロジェクトの目標が、どのようになっていたら成功とよべるのかという判断基準を「勝利条件」といいます。ここでは、「不登校の学生が社会復帰する」ことが勝利条件になっていました。
次に、勝利条件を実現するための「中間目的(あるべき状態)」や、「施策(アクション)」をゲーム木の要領でつないでいきます。このプロジェクトでは、学校に戻るためのコミュニケーション能力の育成や学習支援を行うといった内容を考えていました。
私はこの分野に関してまったく見識がありませんが、プ譜に記述された目標、勝利条件、中間目的、施策を見ていくと、「不登校児の社会復帰」が「学校への復帰」と同義になっていることに気づきました。

このプ譜を書いた方によると、学校が変わることは期待できないので、子どもたちを変えていかなければならないということで、様々な学校復帰のためのプログラムを考えていたのですが、ここで問いたいのは、「不登校児が社会復帰するとはどういう状態か?」ということです。

こちらのプ譜をつくられた方は、目標と勝利条件に「社会」と書いていたのですが、中間目的や施策に書いてある内容は、どれも学校に戻るための支援でした。

不登校児にとっての社会とは、学校だけなのか?
彼・彼女らにとっての社会とは何かを問うてみると、それは今の学校への復帰ではなく、数年後の高校や大学への進学であるかも知れません。

「社会復帰が学校復帰」という解釈は、端から見ると疑問を抱きやすいものですが、その世界にいる人にとっては疑問を抱きようもないことがあります。
その世界・業界にとっての当たり前、常識、スタンダード、人びとや企業団体との関係などから、「そうとしか思えない」ようになってしまうことがある。これが固定概念・バイアスというものです。
この固定概念は私たちに「こうでなければならない」、「こうあるべきである」ことを意識せぬままに強制してきます。しかし、勝利条件や中間目的に記述する表現の解釈いかんによって、プロジェクトのプランは大きく姿を変えます。
社会復帰を今の学校復帰ではなく、数年後の高校や大学への進学と解釈すれば、不登校児専門の進学塾といったアイデアとプランが出てくるかも知れません。

上述したようにプロジェクトはその初期状態こそ最も多くの打ち手を思いつくことができます。この時期に豊かな選択肢を持ち、小さく早く試す。
こうでなければならない、は志や理念においてはブレずに持つべきかも知れませんが、その理念を実現する方法に、「でなければならない」と考えるメリットはありません。
プロジェクトの初期段階では、「でなければならない」の枠を外し、勝利条件に至るいくつかのルート・方法を見つけ出し、なるだけ筋の良いプランをつくることが肝要です。一つの鍵穴(筋・プラン)に合致できる鍵の個数は無限定なのです。
この固定概念の罠に陥らないようにするために、頭の中のものを紙に記述して客観視し、気づくためのツールがプ譜です。
頭の中のものを外在化し、「不登校児にとっての社会復帰とは何だろう?」と定義を問い直したり、なぜこのプロジェクトに取り組むことにした理由や背景を遡って問い直すことで、勝利条件や中間目的の表現を変えたり広げたりすることができるようになります。

それでもで気づくことができない場合に備え、この日のワークショップでも行った他者との「感想戦」を行います。相互に自分のプロジェクトのプ譜を紹介し、他者から質問を受けることで、自分の思い込みや当たり前を問い直すことができるようになります。

今回のセミナー参加者のみなさんのように、一人で起業しようとしている方は、一緒にプロジェクトを進めるメンバーやステークホルダーがいない(或いは少ない)分、特に固定概念の罠に陥りやすくなっています。ぜひ一度ご自身のプロジェクトをプ譜に書き起こし、その勝利条件をご自身で問い直してみることはもちろん、第三者から問われてみることをお勧め致します。

これを実際に行ってみるべき、今回のセミナー参加者の方々のうち、制作したプ譜へフィードバックを行い、感想戦を行う数名のグループをつくることにしました。ここでのナレッジや学びもまた、ブログなどで還元していきたいと思います。

最後に、プ譜を使ったプロジェクトの進め方にご興味を持って頂けましたら、ぜひ拙著をお手に取ってご覧頂ければ幸いです。



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