大人と子どもで、「わかっていない人」になっていないか?

2018年8月13日に、東京都立駒場高等学校にプ譜の出前授業をしてきました。授業は東京都の設定科目である『人間と社会』というプログラムの中で行われ、同校では内閣府や博報堂などで職場体験をすることになっていました。この職場体験をプロジェクトと捉えた場合、どのように進めればこのプロジェクトを成功させられるかというお題を頂きました。


今回の授業は、一般社団法人きてきて先生プロジェクトの代表理事である、香月よう子さんに声をかけて頂きました。香月さんと私は、お互いが東京都杉並区の学校教育コーディネーターをしていた頃に知り合い、かれこれ10年以上になりますが、今回の授業が初タッグとなりました。
(香月さん、ちがったらごめんなさい)

先に、プ譜が何なのかわからないという方がいらっしゃると思いますので、簡単に説明します。
プ譜(プロジェクト譜)は、プロジェクトの目標(ゴール)、勝利条件、中間目的、施策、廟算8要素(所与のリソース)に書きだし、プロジェクトが進むプロセスを将棋の棋譜のように記述するものです。


ここでは詳しい説明を省きますので、詳細はこちらの記事(『プロジェクトはそもそも計画通りにいかないようにできている!?』宣伝会議アドタイ)をご覧下さい。 


話を戻します。
『人間と社会』では、企業訪問をするにあたり、企業から事前課題を与えられ、それについて生徒一人一人が課題について考えるというプロセスを踏んでいました。私が授業を行う前の時間では、生徒が考えてきたことをグループに分かれて発表しており、準備の周到さがうかがい知れました。

企業からの事前課題を自分で調べ、それを他者と共有していれば、課題意識は十分に高まっているんじゃないかと思います。ましてや駒場高校の生徒ともなれば、与えれた課題に対する調査などお手のものでありましょう。
(と、言いながら、私は高校生活を体験しておらず、高校での授業も初めてだったので、駒場高生の力がどのようなものか、まったくわからない状態だったのですが)

この職場体験の目標は、事前課題の中で与えられており、生徒たちは事前課題に取り組む上で、ある程度調べなければいけないこと等も把握・実行していたようです。プ譜は、目標に対して、目標を達成するための中間目的と、それに連なる施策をゲーム木の要領でつないでいくフレームワークであるため、やることが明瞭になっていれば、プ譜を書くことは生徒たちにとってはけして難しいことではありません。
生徒たちの頭の中で、やることが明瞭になっているのであれば、プ譜を制作する意味はほとんどない。このような理由で、私はこのお題を与えられた当初、生徒たちがプ譜を制作する意味をあまり見出すことができませんでした。

そんな時に見たのが、授業オファーを受けた後に頂いた職場体験先の「事前調査票」でした。訪問先の博報堂、内閣府や弁護士事務所が「どんな仕事をしているのか?」「どんな組織なのか?」「今取り組んでいる活動の普及には何が必要だと思うか?」など、課題がこまかく与えられています。
これを見た当初、「こんなにしっかり調べるのか。今どきの学生はえらいもんだ」と思っていましたが、プ譜を制作する意味を考えていた時の私があらためてこの調査票を見ると、当初とは違った感想が生まれました。

こまかく与えられた課題。これは「答えのワクがハッキリしている」と感じました。
ワクがハッキリしていれば、生徒からすれば求められているワクにハマる答えを用意すればいいので、できる生徒にとってはけして難しいものではないと感じたのです。この感想が生まれ、次に思い出したのが、「わかっている人」と「わかっていない人」の比較でした。

日本の認知心理学者の佐伯胖さんは、その著書『「わかる」ということの意味』で、日米の大学生にいくつかの数学の文章問題を出し、その回答に至った思考のプロセスを問題を解いた大学生たちにヒアリングした結果から、中高生の頃に学んだ「公式」や「解き方」を知っているだけで問題の応用ができない「わかっていない人」と、それらを応用して問題を解いた「「わかっている人」について、下記のような比較を行いました。


  • わかっていない人
    与えられた課題の中では何もかも与えられているとし、何も変えてはならず、問題として直接求められていること以外は何も求めてはいけないと思い込んでしまう。
  • わかっている人
    与えられた問題の中のいくつかの項目を、自分で動かす。問題の中で与えられた事態を、問題の制約の範囲内で変化させてみている。



生徒たちが「わかっていない人」だとは思いません。大人が課題をこまかく与えてしまうことで、生徒を「わかっていない人」にさせてしまってはいないか?という疑問が浮かんだのです。そして、もし生徒がそれに応えようとして。或いはそれに応えることが効率的だったり評価されたりすることにつながるのであれば、生徒と大人は意図せずして共犯関係になってしまっているのではないか――、そんなことを考えたのです。
そこで思いついたのが、この職場体験プロジェクトにおいて、生徒一人一人の「勝利条件」を考えてプ譜をつくってもらうことでした。

「勝利条件」とは、プロジェクトの最終目標がどうなっていれば成功と言えるのかという、成功判断の基準です。この勝利条件は、事前課題では与えられておらず、事前調査票にも書かれてはいないため、生徒自らが考えださねばなりません。

この職場体験を通じて、「自分がどういう状態になっていれば」成功と思えるか?
この問いかけは、生徒にとっては意外なものとして受けとめらえたように感じました(実際はどうだったのかは、聞いていないのでわかりません)。
勝利条件の例として、私は「先生や体験先の大人が満足するようなレポートを書くことも勝利条件になるかもしれない」とだけ言い、あとは生徒たちに任せました。

勝利条件を書きだすことができる生徒もいれば、なかなか書くことのできない生徒もいます。

「人前で意見をあまり言えない自分が、緊張せず体験先の人に質問できるにようになる」、「(法律に興味のある私が)将来弁護士になる適性があるかどうかを確かめたい」など、いくつかの勝利条件が書きだされました。

その後、プ譜を一通り書き終えた生徒たちに自分自身の勝利条件とそれに連なる中間目的や施策を発表してもらい、授業は終了しました。
この授業後、早いところは翌日に職場訪問をするとのことで、この体験が少しでも彼・彼女らの職場体験プロジェクトに活きることを願っています。


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