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「問題を切り分ければ解決する」という正論が、娘を追い詰めていたことに気づいた日

「パパ、そういうんじゃないんだよぉ」 当時小学2年生だった娘が、絞り出すように漏らしたこの言葉が、今でも私の心に棘のように刺さっています。 恥ずかしながら、そのとき具体的にどんな会話をしていたのかを覚えていません。 ただ、私が娘に対して「あること」をし、その結果、娘を深く傷つけてしまったんじゃないかという苦い感触だけは、鮮明に残っています。 私は普段、仕事において「問題を切り分ける」ことを是としています。 大きなトラブルが起きたとき、それを漠然と眺めるのではなく、要素を細かく分解し、ボトルネックを特定し、最も効果的で容易なところから手を打つ。これはビジネスにおける問題解決の王道です。 あの日、私は娘の悩みに対しても、この方法を持ち出してしまいました。 (忘れてしまったのですが)ある問題を前にして困っている娘を前に、私は何も考えずに問題を切り分けようとしたのです。 しかし、娘の反応は真逆でした。解決に向かって表情が晴れるどころか、表情が曇ってしまい、冒頭の言葉を小さく漏らしたのです。 まず私がすべきことは問題を切り分けることじゃなくて、その問題を抱えて困っている娘に寄り添うことじゃなかったのか。 その困りごとに対して娘が持っていた不安、焦りのようなものをいったん丸ごと受け止めるべきじゃなかったのか。 娘の真意はわかりませんが、もし自分が同じような立場で、問題の切り分けを行われたら、逃げ道を失うというか追い込まれるような気持ちがすると思います。 娘にとってこの問題の切り分けは解決でもなんでもなく、尋問のようなものだったんじゃないか。 「問題を切り分ければいいってもんじゃない」 そんなことを、年始に思い、深く反省しています。

「情報処理」から「意味形成」へ:AI時代に管理職が担うべき“真の仕事”

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『若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる』 という文章を書いてから、もうちょっとこの問題を深掘りしたいなと思い、「センスメイキング」「正解を知らない上司」「アダプティブ・リーダーシップ」などの視点から、AI時代における管理職の役割転換について考えてみました。 「若手に任せるよりAIのほうが速い」――この切実な現場の実感は、組織論の観点からも極めて重要な転換点を示唆しています。 AIが劇的に進化し、業務の「処理速度」と「精度」において人間を凌駕している今、私たち人間、とりわけ組織を率いるリーダーには何が残されるのでしょうか。

若手をAIに置き換えたら、上司の価値も置き換わる

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「若手に任せるよりAIのほうが速い」 こう実感している方々はめちゃくちゃ多いと思います。私もそのうちの一人です。 資料の下書き、調査、議事録、メールの文案。一定の品質で即座に返ってきます。さばかなければいけないタスクの多さ、人手不足とコスト圧の中で成果を求められる中間管理職やリーダー層が、AI活用へ傾くのは自然なことです。 ただ、ふと感じたのです。これ上から下の視点だけど、下から上の視点もあるんじゃないかと。つまり、 若手をAIに置き換える発想は、上司の価値も同時に置き換える。 ということです。 結論からいうと、若手がAIを使って“考えを整える”ことが当たり前になると、上司に求められるのは「正解」ではなく別の価値になる。そこに適応できない上司は、若手より先に相談先から外れてしまう。 キツイ言い方をすれば、若手から必要とされない、頼られない上司になってしまう。会社からも必要とされないマネージャーになってしまう――。 そんなことをこの年の瀬に考えました。

13年前に書いたブログ『離乳食 旬カレンダー』にメッセージをいただいた話

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 13年前に書いたブログを検索して、メッセージをくれた方がいた。 いったいぜんたい、どうしてそんな昔のブログを見つけてメッセージをいただいたのか尋ねたところ、下記のようなことだった。 泣いた。そして自分がつくったコンテンツが人様の役に立てたことが嬉しかった。 more そのブログは、私がアーネ(2011年生まれ)が離乳食を食べ始めた頃、指導書に「できるだけ旬の食材を食べさせましょう」と書いてあるのを見て、困ったことから発案したものだった。 子どもの月齢に合わせた『離乳食 初めての旬カレンダー』 娘が生まれるまで、食べ物の旬などぜんぜん意識したことがなかった。 夏にならないと甘いスイカが食べられない。 柿は秋にならなきゃスーパーに並ばない。 秋だからサンマを食べる。 その程度である。 そんな自分が、赤ちゃんには旬のものを食べさせよという金科玉条を知って愚直に遵守しようとしたとき、あまりに何が旬なのかを知らずつくったのがこの離乳食旬カレンダーだった。 それから13年。AIOがSEOを席巻し始めているこの時代に、こんな趣味の零細ブログがヒットしてメッセージをくれたことに、心の底から感謝した。 そして、この方のお子さんの健やかな成長を祈らずにいられなかった。

40代おぢが展示会で“生き残る”ために買ってよかった疲労軽減マストバイアイテム

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 展示会という戦場——。 マーケ担当だろうと営業だろうと、3日間×7時間の立ちっぱなしという拷問を受け続けるのが現場というものだ。 若いころは気合で乗り切れた。いや、気合で乗り切れたと思い込んでいただけで、実際には帰りの電車で魂が抜けていた。 しかし齢40を超えると事情が変わってくる。 ふくらはぎ、足裏、膝、腰、肩、背中、このあたりが揃って“反乱”を起こしてくる。 個人的には、初日終了時点の「足裏の鈍痛」と「ふくらはぎの重さ」が最もメンタルを削る。昔はここまでではなかった。

研修やセミナー参加者の理解を促す“つなぎのリズム”

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前回の記事( 『「スライド“間”の呼吸」──構成の切れ目に“つなぎの言葉”を与えるNotebookLM』 )では講師の視点から話してきましたが、少し立場を変えて、聴き手の視点で考えてみましょう。 私自身、他者の研修やプレゼンを受けるときに、「すごく理解できた」「テンポよく、気持ちよく聞けた」と感じるのは、決まって “間の語り”が巧み な人の話です。

「スライド“間”の呼吸」──構成の切れ目に“つなぎの言葉”を与えるNotebookLM

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 266枚。 それが、私がある企業の「構造化スキル研修」のために作成したスライドの総枚数です。 7時間に及ぶ長丁場の研修で、知識インプットとワークショップを組み合わせた構成。 スライドの構成を考え、目次を作成した当初は、章ごとの流れは把握していたはずでした。 それなのに、全スライドが完成し、リハーサルでスライドを読み返していると、ときどき、 「このスライドのあとに、なんでこのスライドをもってきたんだっけ?」 と思うことがあります。 目次も構成も自分で作ったのに、スライドとスライドの「間」が抜けていく。 構成は“ある”のに、スライド間の“つながり”は“見えなくなっている”。 目次と構成を越えて、スライド“間”の呼吸が失われているのではないか―― この気づきこそ、NotebookLMの音声解説に出会って初めて言語化できたものです。 本記事では、 ・構成を知っていることと、“つながり”を知ることの違い ・NotebookLMが示した“つなぎの語り”の価値 ・この発見がすべての講師にとって意味するもの という流れでお伝えします。