技術をいかに記述するか?~2つの記述スタイル



こんにちは。技術書典18で『プロジェクトのための「問いかけの技術」』を出展した前田考歩です。

この本は、プロジェクトの現場に潜む“もやもや”や“すれ違い”に向き合い、対話によって構造を立ち上げるための実践的な思考技術をまとめたものです。

けれど、書き終えたあとに気づいたことがあります。

「これは、“問いかけを教える”だけでなく、“技術をどう教えるか”そのものを試みた記述だったのではないか?」

つまり、「問いかけの技術」を教えるための本であると同時に、技術をどう記述すれば伝わるのか。習得できるのかを体現した、“技術記述のメタ教材”でもあるのではないか?と。

今日はその気づきを、技術を教えたい人・書きたい人に向けて綴ってみようと思います。


技術の記述には、2つのスタイルがある

技術は、誰かに教えるとき初めて「書き方」に出会います。そしてその書き方には、大きく2つのスタイルがあると考えています。
ひとつは、「再現、実行のための記述」です。

たとえば、問い合わせ対応のスクリプトやマニュアルに書かれているような、「この場面では、こう聞く」といった 定型的な問いかけをそのまま使えるようにするものです。
これは、「すでに現場にいる人」が、ミスなく、同じことを繰り返せるようにするための記述です。
たとえばこんな具合です:

・「御社の課題はなんでしょうか?」
・「いつまでに解決したいですか?」
・「他にご検討されているツールはありますか?」

これらは必要な問いかけですが、「なぜそう聞くのか」「それによって何が引き出されるのか」といった背景は書かれていません。

もうひとつは、「教える・継承するための記述」です。
こちらは、問いかけの背後にある「考え方」「判断」「関係性のつくり方」まで含めて説明します。

たとえば本書では、単に「こう聞け」ではなく、

・なぜその問いを使うのか?
・相手が答えられなかったとき、どう問い返すのか?
・その問いは、相手のどんな構造を引き出すためのものか?

といった“問いの背景”や“問いの役割”にまで踏み込んでいます。

つまり、「問いかけ」という技術を記述するにも、「実行者向けの“手順化”された記述」にするか、「学習者向けの“構造を理解するため”の記述」にするかで、書き方は大きく異なるのです。

この違いを、スポーツや芸能、ものづくりや営業などの世界にも当てはめてみましょう。

●スポーツ
・再現、実行のための記述:トレーニングメニューの手順(例:30秒ダッシュ→10秒休憩×8セット)
・教える、継承するための記述:動作の理由やフォームの崩れやすいポイントを解説した指導書

●伝統芸能
・再現、実行のための記述:振付譜や楽譜(型どおりの再現を目指す)
・教える、継承するための記述:「この所作は〇〇を表している」といった意味や背景の解説

●ものづくり
・再現、実行のための記述:組立マニュアル、品質チェックシート
・教える、継承するための記述:加工条件の選び方や、音・感触から状態を判断する熟練工の知見

●営業
・再現、実行のための記述:営業トークスクリプト、定型資料フォーマット
・教える、継承するための記述:なぜその順で話すのか、相手の感情にどう作用するのかの解説

どちらも大切な記述ですが、目的が違います。
再現型は、すでに分かっている人が、ミスなく実行するための道具。
教育型は、まだ分かっていない人が、理解して使いこなせるようになるための土台。

私が記述しようとした「問いかけの技術」は、まさに後者で、手順ではなく、意味や構造を理解し、他者と一緒に構築できるようになることを目的とした技術でした。


『問いかけの技術』は、なぜ“メタ教材”と呼べるのか?

「問いかけって、型を教えればいいんじゃないの?」と思われるかもしれません。
でも実際は、問いかけの質を決めるのは“文脈”や“関係性”、そして“どんな問いを、どんな流れで重ねるか”、そして、相手の真の希望を実現するための構造を生成していくという要素です。
ですから、マニュアル的な記述ではどうしても限界があります。
そして、これはあまりに当たり前のことなのですが、書籍を購入してくださった方の傍らに、私はスポーツ選手にとってのコーチや、芸能を学ぶ弟子にとっての師匠のようには居てあげられないのです。

「問いかけの技術」を、コーチも師匠もいない読者にどうやって届けるか?

私が本当に悩んだのはここでした。

本書を書く中で、私は単に「問いかけを説明する」のではなく、問いかけを読者に“体験してもらう”構造を目指すようになりました。

結果として、意識して取り入れたのが以下の5つの設計です:

 ① 背景と意味から入る

問いかけが必要になる文脈や現場の課題感を、冒頭に丁寧に描きました。
「なぜこの技術が必要か」を読者自身の経験と結びつけてもらうためです。

② 構造を図にして見せる(=プ譜)

問いかけ、対話した内容から、このようにプロジェクトを進めていけばいという構造にプロットするためのフレームとして、プ譜(ぷふ)を用意しました。これは、問いかけを再現、応用しやすくするための“思考の設計図”です。

③ たとえ話と練習問題で“紙上体験”をつくる

「サッカーに勝てとはどういう意味か?」「高いところの葉を食べる動物をデザインせよ」などのワークで、問いかけによって意味や構造が変わることを疑似体験できるようにしました。

④ つまずきへのガイドライン

問い詰めにならない聞き方、一問一答にしない問いの運び方などなど。
実践で陥りやすい“問いかけの落とし穴”にも配慮し、巻末にはチェックリストも用意しています。

⑤ 本全体が“読者への問いかけ”でできている

語り口そのものが問いかけのスタイルになっており、読者が「自分に問い返す」ことを自然に促すよう設計しました。


書きながら気づいたこと:技術は「問い→構造→実践」で伝わる

書きながら私は、技術が伝わるときの共通構造に気づきました。それは、「問い → 構造 → 実践」という3段階です。

技術を人に伝えるには:

1. 問い(何を目的とする技術なのか)
2. 構造(どう組み立て、判断し、応用できるのか)
3. 実践(どう使ってみて、調整し、学びに変えるか)

この3ステップを経る必要があります。

『問いかけの技術』は、この構造そのものを読者に体験してもらうように書きました。
つまり本書は、「問いかけの技術」を教えると同時に、「技術をどう教えるか」の設計思想を含んだ教材例になったのではないかと思ったのです。

この本は、プロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャー、エンジニアの方々を対象に書きましたが、今はこんな方にも読んでほしいと思っています。

・技術を誰かに教える立場にある人(教育担当・研修講師など)
・自分の技能や思考を、記述として残したいと考えている人
・経験知、現場知を、構造的に継承したいと考える実践者


「問いかけ」を文章で教えることは、とても難しい作業でした。
でも、それを不完全ながらも考えを重ねてまがりなりにも一冊にまとめたことで、私は“技術の記述”そのものと真剣に向き合うことになりました。(重ね重ね、それまだ千里の道の一歩に過ぎないのですけれど)

あなたが誰かに伝えたい技術は、どんな構造を持っているでしょうか?
その技術を、どう記述したいと思いますか?

本書が、みなさん学びや実践の一助になれば嬉しいです。


※ちなみに、冒頭に掲げたイラストをAIで生成して気づいたのですが、ここで生成すべきは具体的なモノよりも、「演説」や「議論」といったソフトスキルをモチーフにした方が、この記事の内容に適していたと思います。

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