2020/05/25

教室は間違うところだ


アーネが元教員の私の父とオンライン授業を行った日のことを記録しておく。
アーネはじぃじっこで、三重の実家に遊びに行くと、色々なところに遊びにつれていってもらい、父のパソコンでシールをプリントし、それを切って貼って遊ぶのが好きだ。父の膝の上に座ってテレビを見たり、背中に乗っかったりして、見ていてたいへんほほえましい。

オンライン授業でも楽しくやるだろうと思っていたが、授業が始まってから時折父が冗談を言って笑うほか、終始表情が硬かったように思えた。オンライン授業終了後、アーネに感想を聞いてみると、ちょっと恥ずかしそうな、複雑な表情をして、

「緊張した」とポツッと言ったあと、すぐに「だって先生みたいにじぃじとばぁばが話したことがなかったから」と続けた。

発問されて答えるとき、すこし自信がないと「‥‥?」と小声になるシーンが数回あった。

父がオンライン授業中に「ここは学校じゃないから」「楽しくやろう」とアーネに声をかけても、いくら普段は楽しくおしゃべりをする相手だとしても、“教える―教わる”モードになると、これまでの関係を持ち込めないというか、間違ってはいけないとか、正しいことを言わねばいけないといった気持ちになるのかと思った。

これは1対1の授業である。
これが30人のクライメイトがいる教室だったらどうなるんだろうか?

私が子どもだった頃どうだったかはもう覚えていない。

父の好きな「教室はまちがうところだ」という環境をつくるのは、容易ではないと感じた。

ただ、オンライン授業は設計次第で、「まちがうところ」として機能させられる気がした。
それについてはまた改めて考えてみたい。

2020/05/24

決定までのプロセスを、デジタルツールを使って共有すればいいのではないか?


5/12にアーネの通う小学校に行き、校長先生と家庭学習について話しました。
(※参考 「課題を出して放置プレイ」の小学校長に話を聞いた。

私が強く問題と思ったことの一つに、学校と家庭、教師と親のコミュニケーションの少なさ、関係の希薄さがあります。
私が校長に話を聞きに来るまで、学校には一軒も問い合わせや要望が寄せられなかったそうです。これが学校に期待していないことの現れなのか、学校や教員を慮って問い合わせをしなかったのか、学校に問い合わせていいということを知らなかったのかはわかりません。

いずれにしても共通するのはコミュニケーションの問題です。

学校にはホームページがある。定期的な学校からの通信(お便り)や学年からの通信もある。家庭訪問や参観会や運動会などもある。でも、こういう既存の施策が学校と家庭、教師と親のコミュニケーションに役立っていなかったことに愕然とします。
正直に言うと、私は学校に関心がありませんでした。より良い教育をしてくれればいいけれど、それについて強く要望するようなことはありませんでした。学校・学級通信を読むけれど、「ふ~ん、そうか」で終わり。ホームページも見たことない。今回、未曽有の事態によって、主に家庭学習の行い方について話しを聞きにいくまで、校長と話したこともなければ、アーネの担任と話したこともありませんでした。

しかし、今回校長と話をしたことで、今後の家庭学習や課題の出し方について、学校が意思決定するための材料となる情報を提供しなければいけないと強く感じました。子ども・生徒、学校・教員、親にとっての共通善のため、より良い意思決定ができるように、意見や情報を提供する必要がある。そのためには、まずもって「どのような子どもに育っていてほしいか?」という勝利条件を共有してかねばなりませんが、ここについては触れず、この記事ではコミュニケーション、関係をつくる手段について考えます。

「課題プリントを出して放置プレイ」の小学校長に話を聞いた

アーネが通う小学校から、新しい課題を子どもたち下駄箱に入れておいたので取りに来るようにとメールがくる。課題を取りにいくのは2回目。私が11:00前に取りにいくと、教員が一人立っていた。下駄箱のある入口に机があり、その上に「健康確認カード」が置かれていた。


「生活の中で困っていることがありましたら、学校、担任にお声がけください」

と書いてある。これを見てカチンとくる。
生活の中で困っているということがどんな内容なのかわからないが、少なくとも衣食住には困っていない。困っているのは、アーネの学習を支援すること、家庭学習である。
また、アーネの担任は、ゴールデンウイーク明けから産休に入ることが決まっていて、この日まで後任が決まったという連絡はない。だから担任に聞けない。というか、産休が決まっている人を担任にするという運用がイケてなくないか?

2020/05/13

日中、仕事をするのをやめようと思う

完全に在宅勤務になってから、今日でちょうど一ヶ月になりました。
アーネの休校に伴い、ジージョも含む娘二人との生活を続けてきましたが、仕事の内容と時間の使い方にたいへん悩んでいます。
出社していたころの私のスケジュールは、だいたい以下のようなものでした。


2020/05/11

小学3年生はどのくらいの時間を学習に割かなければいけないのか?

4/8に休校が決まってから数日は、どうやって学習の時間とリズムを保つかを考えていました。休校後しばらくは、午前中は学校で自習し、午後は児童館で自習となっていたので、自習用のドリルやプリントを持たせていましたが、私が在宅勤務になってからは、アーネ(小3)はずっと家にいます。
終日、ずっと家にいながら勉強(家庭学習)することになったとき、一番最初に考えたのは、どのようにアーネの学習時間を確保し、そのリズムをつくるか?でした。

あれこれ私案していた休校から9日後。アーネ(小3)の通う市の教育委員会から「来週1週間分の課題」がメールで送られてきました。


2020/05/07

埼玉県の公立小学校に通う娘の、休校期間中の家庭学習の記録


これは小学3年生になる娘を育てる家庭の、休校期間中に行ったオンライン授業や自宅学習などの記録です。
2年生の3学期途中から休校が決まり、3年生の始業式に行っただけで5/6まで休校となりました。その間、私たちが暮らす埼玉県では、5/31まで休校期間が延長となりました。
私も4/13から完全に自宅勤務となり、家で娘の学習を見ることとなりました。
この休校期間中、様々なことに悩み、考え、試行錯誤し、発見したこと感じたことがあります。
そうしたモノゴトを時系列でまとめました。
一つ一つの出来事は簡潔に記載していますが、ここにおさまらない場合は、別途記事として作成しています。

2020/04/21

お手伝いは面倒なものでなければいけないのか?

アーネが3年生になって、一家の一員として、お手伝いを一つ任せたいと思うようになりました。
漠然と、です。

漠然と思ったのがいけないのか、お手伝いを任せるにあたって、何をもってしてお手伝いというのか?どんなことをしていたらお手伝いになるのか?ということがわからなくなりました。

私は両親が共働きだったこともあってか、子どものころは、家に帰ったら洗濯物を取り込む、風呂を洗って汲む、ゴミを出すといったお手伝いを経験し、時に、お米を研いで炊く、食器を洗うといったものがありました。
(小学3年生のとき、授業中ににわか雨が降ってきて、担任の先生に「洗濯物を取り込みにいってもいいですか!?」と聞いて、一時帰宅させてもらったこともあるそうです。覚えていないんですが、なんて先生だ)

何をもってしてお手伝いというのか?
どんなことをしていたらお手伝いになるのか?
お手伝いをして、私はアーネにどうなっていてほしいのか?
お手伝いをしてもらって、わが家がどうなっていたらいいのか?

わからぬまま、思いつくお手伝いを書き出して、リストにします。