2018/06/21

「鳥取県の障害者工賃3倍プロジェクト」のプ譜を書いてみる。

私が参加しているソーシャルデザインサロンには、社会の課題解決につながるビジネスや、新しいテクノロジーを活用した次世代ビジネスの活動を準備・進めている多様な人々が集まっています。
このサロンでは実際に集まって勉強会を開催する他、オンラインで自身のプロジェクトをプレゼンし、参加メンバーのディスカッションを経て、フィードバックを受ける「フューチャープレゼンテーション」というプログラムがあります。
先日、このフューチャープレゼンテーションに参加するにあたり、登壇された方のプロジェクトをプ譜にしました。私の友人・知人のみなさんには、興味関心の高い分野だと思いましたので、許可を頂いてご紹介致します。

2018/06/19

他者のための「ハシゴをかける仕事」の必要条件は、「見通し」か「気持ち」か。

わが家には洋服棚が、異なる場所に二つあります。
洗面所には、パジャマやパンツを入れる棚が。寝室と子ども部屋にそれ以外の洋服を入れる棚があります。私が洗濯物をたたむ時は、人別(私、妻、アーネ、ジージョ)に畳みます。それを後で、妻や私が各自の棚に収納し、アーネにも自分の棚に収納させています。
ある日、アーネが居間で全員分の洗濯物を畳みました。(この時、私は夕食をつくっていて、一切手と口を出しておりません。)
畳みおわった洗濯物を見てみると、人別に畳んでいるだけでなく、洗面所と寝室・子ども部屋別に分けて置いてありました。

この行為が、「他者のために行う、ひと手間の仕事」を考える上で、興味深く感じました。

2018/06/15

君の名は。

拙著が地元三重県南紀地方のローカル新聞『南海日日』で紹介されました。


それはとてもありがたいことですが、そんなことよりも遥かに心ときめいたことがありました。

取材の連絡をくれた同紙の記者の方が、差出人不明の葉書がキッカケなのだと教えてくれました。
匿名の葉書にこんなことが書かれていたそうです。

私と保育園から中学校まで同級生だったということ。
今は三重県にいないが、同紙の愛読者だったということ。
amazonで本を探していた時、拙著のことを知ったということ。
地元の友人数名とこの話をしたところ、南海日日で取り上げてもらえば、少しは売れるのではないかというアイデアが出て、筆をとったということ。





・:*:・トゥンク・:*:・





なんだろう、この胸のトキメキ。

妻と付き合いだして20年あまり。
こんな気持ち、もうずっと忘れていた。

誰なんだろう?

小学校、中学校のアルバムはどこかにやってしまって、ぜんぜん見当がつかない。
かろうじて小学校入学時の集合写真は残っていたけれど、顔を見ても名前が出てこない。

会いたい。

会って抱きし

会ってひとこと、御礼が言いたい。



・・・でもちょっと待って。

同級生といっても同じクラスとは限らないよ。

それに差出人不明ということは、私に知られたくないから、匿名にしたんじゃないの?



・・・とかなんとか考えて、トゥンクを抑えることがどうしてもできません。

トゥンク

もし、みなさんの友人知人に三重県紀北町(旧紀伊長島町)出身の方がいらっしゃったら(トゥンク)、この所投稿をシェアして頂けないでしょうか?(トゥンク)

そして、その投稿を見てくれた、葉書をくれたあなたが、僕に連絡をとってもいいと思ってくれたら、takaho78@gmail.com にメール下さい。

トゥンク

(そっとしとこうよ、という方は、そっとamazonで拙著をポチっと頂ければ幸甚です)




2018/06/14

オーダースーツSADAの「事業再生」プロジェクトをプ譜にしみてる

2018年6月4日に、異業種交流フォーラム「井戸の端なら」で、「理論と経験に学ぶ、成功するビジネスの秘密」と題した会に登壇してきました。

井戸の端ならは、組織管理、人事施策、IR・広報・PR活動、営業マーケティング戦術等々、組織内外のコミュニケーション活性化課題に関する解決策を模索し共有するフォーラムです。
今回、私へのオーダーは、「事業再生」と「事業提携」をテーマに、ゲストの講演を聞いた後、各プロジェクトの構造をプ譜によって可視化し、教訓を引き出すというものでした。

このブログでは、この二つのテーマのうち、オーダースーツSADA株式会社佐田)の佐田展隆社長の事業再生についてのお話のプ譜と、そこから得られた教訓を紹介します。

ここで取り上げるのは、2003年に佐田社長が社長に就任する以前の(当時、東レの営業職)、先代から「売上22億円で25億円の負債を抱えた状態」の会社に呼び戻され、その事業再生を行ったプロジェクトです。

この事業再生プロジェクトは多くの佐田社長のインタビュー記事が出ているので、詳しく知りたい方は以下の記事を参照下さい。

http://www.nippon-shacho.com/interview/in_sada/
http://www.companytank.jp/tenma/201609/
http://sugoihito.or.jp/2017/06/15839/
https://ashitanojinji.jp/category3/2515
https://maonline.jp/articles/sada20181-1

これらの記事と当日の佐田社長の講演を元に作成したのがこちらのプ譜です。

※拡大してご覧下さい

まず、左端の「廟算8要素(プロジェクトの所与のリソース)」の「環境」欄をご覧下さい。
当時の状況は最悪です。
これまで、売り上げの半分近くを占めていた百貨店(そごう、マイカル、長崎屋)が立て続けに
破産。卸先のテーラーも高齢により廃業数が増加。加えて団塊の世代の大量退職も控えている。

この状況を打破するために、先代社長は主力商品をコスト競争力の高い中国製のオーダースーツに切り替えるという手を打ちます。(他社では平均3万円のオーダースーツが、SADAでは2万円で購入できる)

佐田社長はこのプロジェクトの営業陣頭指揮を執りますが、思いもよらない事態に遭遇します。
長年、百貨店という安定した取引先と付き合ってきた影響で、当時の営業部には御用聞きスタイルが染み付き、提案営業や新規開拓という概念すらなかったそうです。

中国製のスーツに対する取引先のネガティブな反応に対し、営業マンは「ですよねー」と引き返してきてしまう。
“メイド・イン・チャイナのオーダースーツなど売れるわけがないだろう”という固定概念が、それを売らなければならない営業マンに巣食っている。
佐田社長はこうした状況に対し、一人一人の営業マンと面談・同行します。時に厳しく接することから、陰で「サダム」などと呼ばれていたそうです。

そうして変わる社員もいれば、変わらない社員もいる。
取引先を連れて退社した営業幹部もいたそうですが、結果的にこうした古い体質の、変われない営業マンが抜けたことは、営業改革を行う上ではプラスに働いたのかも知れません。

営業マンの意識・スタイルの転換や、営業指標を「着数」から「粗利」に変更するといった一連の営業改革が行われますが、この他にも注目すべき打ち手があります。

2004年に直販店となる「オーダースーツSADA」の1号店を神田にオープンさせます。
理由は、“メイド・イン・チャイナのオーダースーツでも売れる”ということを営業社員に示すため。
そして、高齢により廃業するテーラーが増え、オーダースーツ業界がますます縮小してしまうという危機感があったためです。

さらに、この直販店を通じて、生活者が持っている「スーツは既成品を量販店で買うのが当たり前」というものと、「オーダースーツは高いから買えない」という意識を変えていこうとします。

このようにして見ると、この事業再生プロジェクトは、自社の営業マン、卸先、生活者といった、三者の意識を変えることがプロジェクトの勝利条件であったと言えるかも知れません。

このプ譜は佐田社長が行われた施策のツジツマを整理して書いたもののため、一見すればきれいに(ロジカルに)見えますが、実際はこのようにスムーズに進んだはずがありません。思い描いた営業の進め方がありながら、変われない営業に対し、方針や施策を試行錯誤した結果がこのプ譜になっているという点に留意ください。

2004年にスタートした直販店は、現在、若者向けのオーダースーツチェーンとしては店舗数日本一となっており、佐田社長自身が広告塔となり、オーダースーツで東京マラソンを完走したり、富士山に登頂するなどユニークなPR活動も行っていらっします。



佐田社長は各地で定期的に講演活動も行っておられるので、社員や取引先、生活者の意識を変えなければ売れない商品・サービスを抱えている方は、ぜひオーダースーツSADAのFacebookページ社長ブログをチェックしてみて下さい。


また、上述したプ譜について詳しく知りたいと思って頂いた方は、拙著『予定通り進まないプロジェクトの進め方』をご覧下さい。




2018/06/12

「いのちの授業」プロジェクトのプ譜を書いてみる。

2018年6月11日に、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会さん主宰の、オープンプラットフォーム「いのちの授業」プロジェクトの初回イベントに総評役として参加してきました。

イベントの内容はエンドオブライフ・ケア協会さんがいずれどこかで発表されるかも知れませんので、このプロジェクトが始まった背景や、今後どのような進め方が考えられるかということを、総評用に書き起こした「プ譜」を使って紹介します。((※「プ譜」についての詳しい説明はこちらの記事をご覧下さい)

プ譜で解説を始める前に、このプロジェクトの背景と経緯について説明します。
このプロジェクトの背景には、エンドオブライフ・ケア協会さんが一貫して提唱・実践を続ける、
超高齢少子多死時代の問題があります。超高齢少子多死時代では、望まない医療、医療介護職の疲弊や離職、家族の介護と仕事の両立(果ては介護離職も)、経済的困窮など、苦しみを抱えた人が増えます。
しかし、そのすべての苦しみを解決することはできません。
この苦しみに対処する方法を、エンドオブライフ・ケア協会さんでは専門職を対象にした講座を提供する一方、専門外の人びとに対しては、同協会理事の小澤竹俊先生が2000年から小中高校を中心に、「ホスピスから学ぶいのちの授業」を行っていらっしゃいました。

しかし、このままの歩みでは来たる超高齢少子多死時代に苦しんでいる人に対し、どのように関わってよいかがわかり、それを実践できる人を増やしていくことができない。

そこで、「ホスピスから学ぶいのちの授業」をコアコンテンツとして、子どもから高齢者まで、色々な場所、条件下で、誰もが「レジリエンス」について学び続けることができるオープンな環境、コンテンツづくりを行いたいと考えたという経緯がありました。

2018/06/11

遅れてやって来たジージョの見立て「レッテルを貼らない」こと。

わが家には、アーネ(6才)とジージョ(2才)の二人の娘がいます。

ジージョは、アーネに比べると、絵本も積み木遊びも好まず、ぬいぐるみを使ったママゴトなどもあまりやりません。アナログな遊びに対して、興味がないというか、遅れのようなものを感じていました。一方、スマホに対する執着がすさまじく、アーネのECCのDVDを見たがって泣きわめくなど、まさにデジタルチルドレン(と言っていいのかどうかわかりませんが)といった感じです。

また、カキクケコがタチツテトになってしまって、私が朝出かけようとすると、

「パパ、どどいとぅの?」

「おしどと、いたないで」

といった感じで、赤ちゃんことばだなかなか抜てません。

サシスセソもシャシシュシェショ。

『うぐいす』の歌を歌うと、

「うえのこえだでうぐいしゅだー、はーるがちたよとうたいましゅー、ほ、ほ、ほちぇちょ。ほー、ほちぇちょー」

でしゅ。