2017/06/14

子どもの「原◯◯力」。

ICTが教育現場に普及すると、知識の収集・獲得は学校に来なくてもできるから、反転学習が可能になって教え方・学び方が変わるんだとか。教師の役割がティーチングからコーチングに変わるんだとか。色々なことが言われています。
ティーチングが相手に答えを教えて、コーチングが相手から答えを引き出すといった違いについて考えるのは、ここでの主題ではありません。

ここで考えたいのは、アーネの成長の過程をみていると、そもそも子どもは「教え込まれる」対象ではないんじゃないかということです。
交通ルールなど自分の身を守るための知識などは教え込まねばならないと思いますが、子どもを無知な生き物として、必要な知識や方法を教え込むという価値観が間違っているんじゃなかろうかと。

というのも、子どもには「原◯◯力」とでもいうべき、生来の力の種のようなものが備わっていると感じるからです。


「原◯◯力」というのは私の勝手な定義ですが、子どもが宿している生得的な、やわやわとした新芽のようなものの一方、とんがって触れれば切れそうな、或いはゴツゴツとした原石のようなもの。大人は様々な経験を重ねるうちに、そのやわらかさやとんがり、ゴツゴツを失ったり減らしていったりして、特別な訓練やツールを使用しないと会得できない、元素のようなものだと思います。
それは例えば以下のような力があります。

好奇心(未知のものに対する好奇心)、曇りなきマナコで観察する力、見立てる力、連想する力、情報を編集する力、アフォーダンスの感度の良さ、問いを立てる力、問いを表現する力、全身で表現する力、五感を使って情報を受け止める力と表現する力(非リテラシー偏重。オラリティ、身体知)、不足や余白を活かす力etc…。

このブログを読んでくださっている皆様には、上に挙げたようなエピソードを何度も紹介してきておりますが、よろしければ参考に下記の記事をご覧下さい。

イノベーティブな子供の見立て力






こうした子どもが見せる力を、人間は年を重ねるほどに減らしたり失くしてしまったりして、その力を再獲得するために、わざわざ高いお金を払ってアイデア発想セミナーや共創ワークショップなどを体験している訳です。ただこれは脳科学的に言えば、人間が様々な体験をし、情報を獲得する中で構築するスキーマが、非効率的な部分をなくし、「こうならばこう」という情報のルート・捉え方・価値観を作りあげてしまうことによるものなので、誰しも子どもの頃には持っていた「原◯◯力」を失くしてしまうことは、ある種あがらえないことでもあります。

ここで冒頭に戻りますが、娘のこのような力に関する体験を何度もしておりますと、子どもに何でもかんでも教え込む必要があるんだろうか?と考えるようになりました。
教える、というよりも育む、引き出す、という感じの方がしっくる来るような気がするのです。

そんな考えを小学校の先生だった母に手紙に書くと、、母から「教育=エデュケーションの語源は「エデュカーシオ」、大きな壺の中から大事な物を取り出すという意味なのだというメールをもらいました。

これはなかなか、しっくりきました。
余談ですが、先日佐渡島康平さんのツイートを拝見して、このエデュカーシオの語源についてRTしてみましたが、同じように考えている方がいるのだと思って嬉しくなりました。




こうした子どもの持っている「原◯◯力」を育み、引き出していくためのプログラムや塾というものはそれほどないように思います。子どもに教えるのではない訳ですから、教えるのではない方法を親が身につけなければなりません。
子どもの「原◯◯力」は、放っておけば枯れてしまい、大人が過度に干渉をすればその力を失ってしまいます。大人がまずその力に気づくことができるようなカマエを持てるようになり、その上で子どものキャラクターやその時の気持ち、環境に応じたインタラクション、応答、振る舞いをすることが求められるのではないかと思います。

・問答することを厭わない。
・問答する時は片手間に聞かず、子どもに正対する。
・脳みそを拡張する問いを出す。
・待つ。
・大人のスケジュール都合で動かない。
・子どもはスイッチを入れればすぐに動く機械ではない。
・モノゴトは単線(最短・最少経路)で進まない。
・教えるのではなく、ともにわかりにいく。
・見すぎない。言いすぎない。干渉しすぎない。
・子どもの方法を観察する。
・失敗をネガティブに捉えない。
・うまくいかないのは方法が悪いだけ、と考える。
・知らないことを恥ずかしいと思わない。
・自分の小さなこだわり、価値観、方法の枠にはめない・判断しない。
・その瞬間、その一回に伝えたいことを詰めこまない。
・十分条件、必要条件の区別をつける。
・脱学習、学習の転移を意識する。
・スキーマに依存しない。
・まずは、やってみる。

色々な心構えと、そうなれるようにするための方法があるのだと思いますが、それが進研ゼミのようなものなのか。個別指導塾のようなものなのか。親子で参加するワークショップのようなものなのか。どんな形で提供できるのかわかりませんが、自分自身がこうなれるように、何らかプログラムをつくってみたいと思う今日この頃であります。