「うそせき」~不足と連想から生まれる子どものことば


保育園に通っていると、申し込んでもいないのに、子どもが毎月定期的に風邪やらなんやらもらってきます。
最近のアーネ(4歳)はあおっぱなと痰が出るので、くしゃみが出たら鼻をかみ、咳が出たら痰をペーすることをと教えております。
喉元にゴロゴロと痰が残っているときは、「エヘンエヘンとして、ペーしておいで」と言ったかどうだか定かではないのですが、ある日アーネはこの「エヘンエヘンしてペー」を、

「うそせき」

と表現したのです。

「うそせき」という言葉は辞書には載っておらず、ググると乳幼児が大人の気をひくためにわざと咳をすることのようですが(※「うそせき」の検索結果)、「エヘンエヘンしてペー」という意味での用法はないようです。

「うそ」の意味と類義語には以下の様なものがあります。
・虚偽の、あるいは真実でないこと (虚偽・嘘偽り・偽・虚など)
・真実からそれるまたは真実を誤らせる言明 (虚言・妄語・造言・偽言・妄言など)
・わざと真実から逸脱させる行為 (捏造・作り話・作り事贋造)

もちろん、アーネはこうした細かな意味を理解しておりませんが、ふだん自分が使う「うそ」という言葉の意味をみずから広げ、解釈し、「エヘンエヘンしてペー」を表現しようとしたのでしょう。

37歳にしてなお「エヘンエヘンしてペー」という幼き表現しか持ち得ない父に比べ、なんという言語的センス…ッ。

転載可!?
いや、天才か!?


・・・・・・・・・親バカはほどほどにして、子どもにはこうした大人が驚く表現をおこなうことがありますが、これはそのほとんどが偶然の賜物であると考えます。

子どもは大人に比べ、持っている語彙が圧倒的に少ないですが、この少なさがメリットになっていることがしばしばあります。
以前ご紹介した「えほんしんぶん」もその一例でありましょう。

子どもが自分の見聞きした事象を表現しようとする時、子どもの少ない語彙は大人の目には「不足」と映ります。
しかし子どもはその少ない語彙のもつ意味を可能なかぎり広げ、つなげていこうとします。(それは大人の目に「連想」として映ります)

この「不足」と「連想」こそ、子どもが生来もつ能力なのではないかと思います。
ともすれば「うそせき」という言葉はないのだから間違いである―、という断を下しかねないところですが、私は間違いと捉えるのではなく、子どもが自らに、世の中に起きて体験するモノゴトを、懸命にあらわそうとする行為・チャレンジと捉えたいと思います。


というようなことを考えている一方で、最近アーネは「まで」という単語を使いました。
私がアーネといっしょに卵ご飯を食べ終え、妻のトーストにバターを塗ろうとした時、

「パパ、パンまで食べるの!?」

と言ったのです。
これまでは「パンも」と言っていたと思いますが、よりそのシチュエーションにおいて適確な「も」ではなく「まで」を選んだということは、娘の語彙が一つ増えたことにちがいありません。
これは上述の「言葉を拡大解釈して造語」することと合わせて考えると、子どもの言葉の学びに示唆を与えてくれる気がします。


以上、親バカが最前線からお伝えしました。

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