ブログレポート 『宇宙兄弟』から学ぶ、これからの時代のリーダーシップとは

2018年7月3日に、ドコモ・イノベーションビレッジで、『完璧なリーダーはもういらない?「宇宙兄弟」から学ぶこれからのプロジェクトを進めるためのリーダーシップとは?』と題した勉強会を開催しました。

 ゲストに組織開発ファシリテーターであり、『完璧なリーダーはもういらない』の著者、長尾彰さんをお迎えし、『宇宙兄弟』のプ譜制作を通じて、リーダーシップの教訓を得たり、リーダーシップについての疑問を長尾さんにお答え頂くという内容です。
(※プ譜については、こちらの記事をご覧下さい)

長尾彰さん

レポートの前に、今回の勉強会の企画背景を説明致します。

拙著『予定通り進まないプロジェクトの進め方』の共著者、後藤洋平さんと2017年4月から始めたプロジェクト工学勉強会は、その後、コミュニティマーケティングやメールマーケティング、カスタマーサポートなど、あるテーマに特化した「プロジェクト」のプ譜を制作するなど、回を重ねるごとにその多様性を広げてきました。

その過程でいくつか生まれた問いの一つに、

「プロジェクトで選択を迫られる際、コストやスケジュール以外に、意思決定に影響をもたらすものがあるのではないか?」

というものがありました。

それがその人の好き嫌いなのか、性格なのか過去の経験なのか、あまり深く考えずにいたところ、
長尾さんにお会いするチャンスがあり、その時に知った「リーダーシップ」に強い興味を覚えました。
そして、

「リーダーシップは、プロジェクトにおける意思決定に大きな影響を与えるのではないか?」

と考えるに至り、日頃の「心がまえ」ではなく、ギリギリの選択を迫られる中でリーダーシップが与える影響を、プ譜制作というシミュレーションを通して疑似的に体験して考えてみようと、今回の勉強会を企画しました。


そもそも、なんで『宇宙兄弟』を題材にしたかと問われれば、長尾さんの書籍が同書を題材にしていたというのはもちろんのこと、プロジェクトというこの未知なるものに取り組むにあたり、宇宙開発というプロジェクトほど、未知との戦いの連続を強いられるものはないからです。

勉強会ではプロジェクトがうまく進まない理由の概説を述べ、サンプルプ譜の説明を経て、実際にみなさんにプ譜を制作頂きました。その後、リーダーシップについての質問を長尾さんにお答え頂いたのですが、このブログでは、私がサンプルとしてつくったプ譜をご紹介致します。

題して・・・



これはコミック第8~9巻に収録されているエピソードで、月面で探索活動中のヒビトとダミアンが峡谷に滑落し、様々な想定外に見舞われながら、多くの人々のサポートと運に助けられる、というものです。(勉強会に参加頂いたみなさまには、勉強会の振り返り資料としてお役立て頂ければ幸いです)

ちなみに、このプ譜を書くために単行本を読み直して泣き、パワポつくっている途中で2回泣いた。


今回は、ヒビトが単身ダミアンを助けるというヒビト視点と、ヒビトとダミアンを救おうとするNASA・JAXAらの視点と2パターンのプ譜を作成しました。(ここから先のエピソードは、ぜひ『宇宙兄弟』8~9巻を脇に置いてご覧下さい)

         


まず、ヒビトがダミアンを救おうと行動を開始した時のプ譜がこちらになります。
(※プ譜は拡大してご覧下さい)



滑落した衝撃で体温調節装置が壊れたダミアンはどんどん体温を奪われてしまい、このままだと凍死の危険があります。この状況をプロジェクトにすると、ヒビトの獲得目標は「ダミアンを救出する」で、その勝利条件(上図右端の〇で囲った部分)は、「フレディたちが助けに来てくれる月面のポイントまで、ダミアンを運び出す」となります。

その中間目的(上図真ん中の〇で囲った部分)には、「ダミアンを凍死させない」、「ダミアンを運ぶ」、「照明弾でフレイディたちに救出ポイントを知らせる」、の3つを設定しました。そしてその3つの中間目的に、それぞれの施策があります。

ヒビトは「ダミアンを運ぶ」の中間目的を果たすため、「バギー」と途中で見つけた探査機「ギブソン」(もともとヒビトたちは行方不明になっていたギブソンを探すミッションの途中に峡谷に落ちた)のうち、壊れて動かないバギーからバッテリーを外し、ギブソンに装填することを選びます。


一方のNASAヒューストンのプ譜がこちら。



連絡が途絶えたヒビトとダミアンの救出するにあたり、二人と通信不能なため、情報が圧倒的に不足している状態です。最初にダミアンが上げた照明弾を頼りに、ダミアンとヒビトの残酸素量から10時間以内に救出するという勝利条件を立てます。
しかし、残念ながらダミアンの体温調節機能が壊れていることを彼らは知りません。
中間目的には、「消息不明となった正確な位置を知る」と、「予想救出ポイントまで救助を向かわせる」を設定しました。幸いにしてダミアンの照明弾情報は取得していたため、大よそのポイントを絞り込むことができます。
この救助を向かわせるにあたり、月面にいるフレディたちがビートルの充電を待って出動。その間に、すぐ動かせる無人機を予想救出ポイントに向かわせます。
JAXAも、かぐやⅡが撮影した月面の地形データから、峡谷の3Dマップをヒューストンに送るなど、手助けをしています。

JAXAでマップデータができた頃、ムッタが登場。彼はそのマップを見てこう言います。

「星加さん・・・。ヒューストンに頼めませんか。 バディたちのビートルの行先を・・・、もっとこっちの方に変更してもらえないか・・・」

と。
星加が理由をたずねると、ムッタは「ヒビトはたぶんじっとしていないからです」と答えました。JAXAはその提案を入れ、NASAに進言することにします。



ヒビトの状況に目を移しましょう。



ヒビトはダミアンをギブソンがいる場所まで引き上げる途中、自分が滑落した衝撃で、酸素のメインパックが破裂してしまいます。このアクシデントによって、ヒビトは当初4~5時間以内にダミアンを救出ポイントまで引き上げるという勝利条件が、一気に残り80分にまで減ってしまいます。

また、断熱シートの効果もむなしく、寒さで朦朧とするダミアン。他にダミアンの体を温める手立てを考えますが、身の周りに使えそうなものがありません。ひと試案して、ヒビトは照明弾を石にあてることで石を熱し、それをダミアンの断熱シートにくるみます。
この一手は、月面まで出た時に、救助の正しい位置を知らせるために残しておいたものですが、ヒビトは迷わずダミアンを温めることに使用します。これにより、ヒビトは非常に不利な状況に追い込まれてしまいました。


再びNASAに戻ります。
ムッタから救出予定ポイントより20km先に移すよう進言されたNASAでしたが、責任者のクラウドは「ダメだ」と一蹴します。(下図左端の下段の部分)



プロジェクトにおいてはこうした「外敵」の存在がよくいます。この場合、ヒビトとダミアンを助けるという獲得目標は同じでも、「救助が出るまで現場に待機している可能性が高い」という固定概念を改めない(曲げない)。
クラウドは救助勝想を始めるミーティングで、関係者を前に「あらゆる事態を想定した救助体制を整えておくこと」と言っているものの、自分自身の思考がその固定概念によって思考の幅を狭めてしまっています。この決断によってヒビトたちの救助活動に影響を及ぶことになるとは、この時点で彼らは知るはずもありません。

その後、ヒビトがダミアンを月面まで連れ出すことに成功し、通信機能は回復しないものの、宇宙服から出たアラート信号によって、NASAはムッタたちの正確な位置を知ります。

しかしそれは予想していた救出ポイントから20km離れた、ムッタが変更を希望したポイントだったのでした。さらに、NASAはここで初めてヒビトの酸素のメインタンクが破裂したこと。その残量が残り10分しかもたないことを知ります。



これによって、当初設定した中間目的に誤りがあることがわかり、残酸素時間の問題から、NASAのヒビトとダミアン救出プロジェクトは、勝利条件の変更を余儀なくされます。


一方、ヒビトはダミアンを月面にまで運び出すプロジェクトの勝利条件を果たすものの、自身の残酸素量が8分となり、死を悟ったヒビトはダミアンに「月面を一人で散歩」してくると告げます。


その歩みを始めてすぐ、ヒビトは月面着陸後の船外活動中に見つけた、キラッと光るものの正体が気になり、そちらに方向転換します。はたして、そこにあったのはヒビトが尊敬する大先輩の宇宙飛行士、ブライアン・Jが置いていった宇宙飛行士の人形でした。

残酸素量はそこで無情にもゼロになり、死がヒビトに襲い掛かりますが、そこに駆け付けたのはNASAが予想救出ポイントに向かわせたはずの、酸素生成ローバーBRIANだったのです。


以下がこのエピソード最後のプ譜です。



ムッタからの救出ポイント変更申請を一度却下したNASAでしたが、「JAXAの案は最悪のケースを想定して考えられた最善の策です」と、吾妻がムッタ案を強く支持します。
クラウドはその進言を容れ、吾妻はBRAIANの移動指揮をとり、ギリギリのタイミングでヒビトを救出することに成功しました。

このプロジェクトは、ヒビト単体で解決するものではなく、通信ができないという悪状況のもと、月と地球の多くの人々が関わった、複雑で非常に難易度の高いプロジェクトでした。
このエピソードから、プロジェクトとリーダーシップについて得られる教訓は以下になります。

●プロジェクトの教訓


  • 勝利条件は自分が打った手の結果だけでなく、想定外の事象や出来事によっても変更を余儀なくされる。
  • ・プロジェクトにおいては、こうあれかしと考えて立案した施策が、想定を超えた結果をもたらす。(プロジェクト工学第2原則)
  • プロジェクトには時として、運が大きく影響する。
  • ブライアンは自分が月面に置いていった人形がヒビトを救うことになるとは考えもしなかったが、結果的にその行為がヒビトを救った。
  • プロジェクトの過程における諸施策の結果もたらす状況は、即座に次の局面における制約条件となり、ときにプロジェクトの勝利条件そのものの変更すらも要求する」(プロジェクト工学第3原則)
  • ヒビトがダミアンを救うために使用した照明弾は救助を求めるために必要だったが、それを使ったことで、ヒビトは自分が助かる可能性を低くしてしまった。
  • 最悪のシナリオを想定しながら、最善の策を模索する。



●リーダーシップの教訓


  • 「Want(~したい)」がリーダーシップの源泉。
  • 訓練では一人がケガなどでもう助からないと判断した場合、もう一人は「自分一人は生き残る」ように教わったが、ヒビトはダミアンを助けたいと(かつ、助けられると判断)思った。これが「Whant」の発露。
  • ムッタが星加に救出ポイントの変更を進言したのも「Whant」の発露。
  • リーダーシップの発露=「Want」が言えるということの環境は、心理的安全性とコミュニケーションが大きく影響する。
  • コミュニケーションはその場で流通する情報量。
  • チームはフォーミング→ストーミング→ノーミング→トランスフォーミングというステージを経る。
  • フォーミング期は情報の「量」を追及し、それをコストではなく投資と捉えるべき。
  • この意味で、NASAとJAXAのチームはフォーミング期であり、それ故にNASAはJAXAの進言を聞き容れられなかった。
  • ムッタが救出ポイントの変更を進言したのは、ムッタとヒビトが兄弟ということと、それまで交わした膨大な情報(経験)の中から、ヒビトならじっと救助を待っていないと考えたから。
  • 同様に、JAXAからの進言を断ったクラウドも、吾妻との間には十分なコミュニケーションがあったから、聞き容れたと考えることができる。
  • コミュニケーションをとるためには「対話」が必要。



勉強会では、カムバックコンペティション26、落ちないバギーの改良、水中でのミニ月面基地建設、JAXAでの宇宙飛行士選抜試験、ヒビトのPD克服など、個々に自分が好きなエピソードを選んでプ譜を作成しました。

みんな黙々とマンガを読む。

宇宙兄弟ファンの方は、エピソードの話題で盛り上がってました。

みなさんがどのようなプ譜を作成されたかは、Twitter、Facebookで「#宇宙兄弟プ譜」と検索してご覧下さい。(色々なプ譜があり、見ているだけでの楽しいですし、こういう解釈の仕方があるか!という発見があります)

こんな感じで投稿されています。

プ譜制作後は、プ譜制作を通じて得た・感じたリーダーシップについての気づきや疑問をグループで共有します。





そして、そこでグループ毎にリーダーシップに関する質問をつくり、長尾さんにお応え頂きましたました。


だいぶこの記事も長くなってきたのと、Q&Aについては録音したものがありますので、そちらをまとめ次第ブログにアップしたいと思います。

長尾さんのリーダーシップについてのお話は、『宇宙兄弟』オフィシャルサイトcakesなどでご覧頂けますが、書籍もぜひぜひお手に取ってご覧下さい。(既に発行5万部!)

なお、「プ譜おもしろいな。つくってみたいな」と思って頂けましたら、『完璧なリーダーはもういらない』とセットでご購入頂くと、長尾さんと前田からハグ券(※長尾さんご提案)やプ譜制作サポートなどの特典がついて参りますので、奇特な方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください!


   


今回の勉強会は宇宙兄弟ファンの方と、リーダーシップに関心があるけど宇宙兄弟は初心者、という方が入り混じっており、もっと読んでみたいという方を中心に、私からコミックを一冊ずつプレゼント致しました。(きっと帰りの電車でお読みなりながら、私がそうなったようにグッとこられてのではないかと思います)



勉強会終了後、長尾さんと記念写真を撮ってもらったんですが、
・・・長尾さん、紫三世キャラも持っとるんやな。。。




今回の勉強会はもちろん、このレポートをご覧頂いて、『宇宙兄弟』が仕事に活きるかもしれないと感じたら、まずは宇宙兄弟のオフィシャルサイトを見てみて下さい。
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