2016/06/16

変えて、換えて、「わかる」


今年の連休、アーネ(4歳)と二人で私の実家へ帰省したとき、叔母のが遊びに来ました。
私たち二人と私の両親、叔母との夕食時、会話のながれで「姉妹」という概念をアーネに説明することになりました。

わが家の兄弟構成は、アーネ(長女)とジージョ(次女)の姉妹ふたり。

妻の家の構成も、妻(長女)と妹(名前を「まゆちゃん」とします)のふたり。

私の母(ばぁば)の場合は、長女(母)、次女、三女(←遊びに来ていた叔母で、名前を「しいしゃんおばちゃん」とします)の三姉妹。

ここでまず、「姉」の概念をアーネ自身とばぁばを例にとって説明しました。

「ばぁば」は「しいちゃんおばちゃん」のお姉ちゃん。
「ママ」は「まゆちゃん」のお姉ちゃん。
「アーネ」は「ジージョ」のお姉ちゃん。

わかった?と聞くと、娘は「わかんない」と答えます。


そこで次に、「妹」を説明しました。

「しいちゃんばちゃん」は「ばぁば」の妹。
「まゆこちゃん」は「ママ」の妹。
「ジージョ」は「アーネ」の妹。

わかった?と聞くと、今度は「わかった!」と答えたのです。

この後に、再度「姉」の概念を説明すると、「そうかそうか。だからアーネはジージョの“お姉ちゃん”なんだね」と独りごちておりました。


アーネにとってこれまでの「お姉ちゃん」という言葉は、男性・女性という性別の「女性」の意味で使っていたことも多少影響しているかも知れず、これで本当に「姉妹」というものがわかったのかは不明であります。

ただ、このエピソードは子どもに限らず、何かの事象や問題を理解・解決するための手段として、「逆方向から考える」、「言い換えてみる」、「ちがう角度・方向から見る・考える」といったことが有効ではないかという示唆を与えてくれます。

以前、「わける」ことは「わかる」ことについての体験をしましたが、「かわる」ことも「わかる」に通ずるということで、以上、親バカが最前線からお伝えしました。

「わける」ことは「わかる」こと ~幼児から始めるタクソノミー
子どもは編集の天使です