「子どもの学びを生み出すシカケ」レポートと感想

以前、ユーザインタフェース研究者の増井俊之先生の講演を聞いたことと、先生が推奨されていた『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』を読んで以来、

「意識を変えるのは難しいけど、行動は環境によって変えられる」

という漠然とした思いが私にはできて、娘が生まれて以降、それは室内での安全を担保するためのものであったり、娘が好奇心を持って色んなことに興味を持ったり、チャレンジしたくなったりするような環境を部屋作り、家づくりの中で実現したいと考えてきました。

そんな折、「a.school」という学習塾の『子どもの学びを生み出すシカケ 学びが生まれる場のデザイン 編』というイベントを知りました。タイトル的にドンピシャだった事と、講師が私淑している安斎勇樹先生だった事もありましたので、聴講した学びと気づきをまとめておきたいと思います。

正しくは安斎先生です

■学びが生まれる「場」は4つの要素で成り立つ

安斎先生は創造性を引き出すワークショップデザインについて研究されており、今回の講演はワークショップでの研究成果から学びのあり方、学びのデザインのヒントを考え、子どもの自発的な学びを促すための方法をみていこうというものでした。

まず、学びが生まれる場を「学習環境デザイン(人の創造的な学びを支援するためのツール、方法や場の事と)」と言い換えると、大きく4つの要素で成り立っています。

  • 活動のデザイン(何をすることで学ぶのか)
  • 共同体のデザイン(誰とどんな関係性で学ぶのか)
  • 空間のデザイン(どんなところで学ぶのか)
  • 人工物のデザイン(どんな道具や教材で学ぶのか)

以下、3歳の娘の育児や自分の仕事に引き付けつつ、順を追って先生のお話を紹介していきたいと思います。


■活動のデザイン

活動のデザインにおいて大切なのは「よい問いを立てる」こと。「経験学習のサイクルを回す」ことの2点。
よい問いを例えると以下のようなものがあります。

  • 当たり前だと思っていること(固定概念)を疑い、日常の見え方に揺さぶりをかけるもの
  • 答えが一つに定まらず、ジレンマがあるもの
  • 背伸びや試行錯誤をしなければクリアできないもの

こうしたよい問いが子供の学習意欲を高める一方、学習意欲の低い子供の親は「よい問いを立てよう」とする意識が低いそうです。
よくない問いは以下のよう類のもの。

  • 親が答え、シナリオをわかっているもの
  • 子供の怠惰や失敗を責めるためのもの
  • Yes、Noで完結するもの
  • 視点を変えさせない。オウム返し的なもの

ここで身につまされるのが、3歳の娘の「なぜなぜ」への私の対応です。
2歳半を過ぎた頃だったでしょうか。娘があらゆる事に「なんで~?なんで~?」と言うようになり、最初は体力の続く限り、色々な解釈をして答えたものですが、私も30半ばを超えた身体のため、体力的にキツくなってくると、「なんでだろうね~?」という答えに逃げてきました。
「なんでだろうね?」はまだマシで、いかんと思いつつ最近は「なんでもだよ」とか「神様がそうしたんだよ」とか、挙句の果てには「妖怪のしわざだよ」など答えてしまう始末。
こうした「なんでだろうね?」という問いは子供の発展的な問いを妨げてしまうそうなので、せめて「なんでだと思う?」と返そうと思います。


次の「経験学習のサイクルを回す」ことについては下図を参照下さい。


このサイクルを回すことができると、ともすれば親がテストや通知表の結果だけで子供を評価してしまう所を、そのプロセスを評価できるようになるので、ここは特に意識したいところです。
(これはPDCAサイクルそのものでもあるので、プロマネ経験のある方にとっては親しみやすいものではないでしょうか。)


■共同体のデザイン

共同体のデザインとは「誰とどんな関係性で学ぶのか」という事ですが、ここでのキーワードは「ZPD」です。
ZPDとは最近接発達領域(Zone of Proximal Development)の事で、「みんなと一緒ならできる範囲」と「ひとりでできる範囲」の差分のことを指します。


このZPDを増やすことで、「ひとりでできること」が拡張していき、子供の発達を促します。
ZPDを増やすには、自分よりも能力がやや高い人たちと日常的に付き合い、協力しながら何かに取り組む機会などが該当します。
安斎先生のワークショップではこのような意図で中学生を大学生と組ませてワーキンググループを作っていたそうです。
ここで気を配りたいのは、「自分よりも能力がやや高い」の「やや」のさじ加減でしょう。
私の娘が通う保育園では、1歳児クラスでは月齢の近い子供をグループにしていましたが、2歳児クラスになってからは月齢が異なる子供も混ぜてグループを作っています。
ZPDの概念そのものが保育の現場で採用されているかはわかりませんが、名前は違えど内容は類似している考えがとられているように感じます。

そういう意味では地方では早くから採用されている(せざるを得なかった)小中学校の複式学級はZPDを増やす機会が多く思いますが、実態はそうでもないようです。
(※これについては別の機会に述べたいと思います)


共同体のデザインでもう一つ大切なのが「保護者と子供の関係性」です。
というのも、長期的な学びの質は、親と子供の「マインドセット(知能観)」によって規定されるものだからだそうです。

マインドセットには2パターンがあり、それぞれ以下のような特徴があります。


ここでのポイントは「保護者のマインドセットは子供に伝染する」というものです。
テストの結果に対する言葉で例えると、
子供自身が『しなやかマインドセット』だったとしても、「満点だなんて、やっぱりあなたは頭がいいわね」という親の『こちこちマインドセット』が、子供に「そうか、僕は頭がいいんだ(⇒努力しないでも満点取れるかもな)」という風に『こちこちマインドセット』に変化してしまう可能性があるという事です。
このあたりは満点を喜びたい気持ちをおさえつつ、「どうやって満点取れたの?」と聞いてみるのも一手ではないでしょうか。


■空間と人工物のデザイン

この2つのテーマについては、時間の関係で以下の要点が語られました。

・空間は、学びにおける活動と共同体の「土台」となる。
・望ましい学習を促進する最適化された空間を整備する。

例えば、非日常的な装飾で好奇心を刺激したり、コミュニケーションを促すレイアウトをくっふしたり、学習をアフォードするリソースを埋め込んでおくといった事です。

この「学習をアフォードするリソースをどう埋め込むか」が今回の講演で最も知りたかったのですが、少なくとも「テスト前だから関連する参考書や書籍を、子供の目に触れるよう家のあちこちに置いておく」という事ではないでしょう。
もっと家庭生活の日常に溶け込んでいるというかなんというか、このあたりの話を腹落ちできるよう、引き続き勉強していきたいと思います。


講演の最後に、安斎先生からは「学習環境デザインはあくまで手段、スキルであって、(子供が)何のために学ぶのかを忘れてはいけない」というコメントがありました。
ともすれば処方箋的にすぐ効く方法を求めてしまいがちな親にとって、この視点は忘れてはいけないですね。


■余談だが

講演終了後、安斎先生を囲んでの対話イベントが行われたが、対話というよりお悩み相談会さながらの切実さが溢れ出ていた。
ほとんとの参加者が中学生の子供がいるため、中学受験でシビアな経験をした子供のケアをどうするかとか、子供がプログラミングばかりしていて学校の科目は全くやらないとか、勉強のやる気を持続させるためにどうホメたらいいのかとか、自分もこの立場になったら同じ想いを抱くのだろうなぁという悩みが出ていた。
ただ、まだその当事者ではない僕が思うのは、みな親が子供に与える影響力を過信しているのではないかという事だ。
言い換えれば、親が子供にしてあげることへのフィードバックを期待しすぎていると言ってもいい。
3歳の娘は、ピアノを買い与えてもまったく弾かず、じいじが送ってきたハーモニカを吹いている。お絵かきしようとクレヨンと紙を出しても、お茶を入れたコップに紙をひたして絞るという謎の遊びをし、いくら僕が夜に美味しい寿司を食べさせても寝る時はママがいいと言う(←これは違うな)。
娘と一緒にいて思う事は、本当に子供は思うようにならない。ままならない事だらけだ。
だから僕は娘のためにできる事は何でもやろうと思うけど、やる度合いは全てをお膳立てするのではなくて、そのためのスイッチ(キッカケ)であったり、余白のある状態にしておきたいと思う。
あとは、その見返りは求めない、という事だな。


*安斎先生のワークショップレポートはこちらをご覧ください
『明日、ワークショップを企画できますか? ~ワークショップデザイン入門講座レポート』


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