国語がプロジェクトを進めるための味方になる
プロジェクトとは未知で不確実にあふれる冒険
プロジェクトでは何が起こるかわかりません。今の自分たちの知識や技術で十分なのかがわかりません。それ故に、人はそのプロジェクト慎重に計画を立て、恐る恐る、不安を抱えながら取り組んでいます。
この未知で不確実なプロジェクトの計画を立てるとき、まず必要となるのが、自分たちがこのプロジェクトの目標を実現したとき、「どうなっていたいか?」ということを言葉で表現することです。
プロジェクトが成功したと言える、そのときの状態には、自分たちの身に起こる変化もあれば、社会の変化もあります。社会は地球規模でなくても、自分の通う学校、クラスでも構いません。自分と世界、自分と物事との関係性に起こる変化もあります。
私がプロジェクトを進めるときに使用している「プ譜」は、プロジェクトの構造を言葉で可視化するものなのですが、このフレームワークの「勝利条件」にプロジェクトが成功したときの状態を書き込みます。
未来のまだ目に見えない、頭の中にしかない状態を、言葉で表現することができると、予測が難しいプロジェクトでも仮説を立てやすくなります。ゴールにつながる道筋に光が当たるようになり、不安がやわらぎます。
しかし、プロジェクトではいくら計画を立てたとしても、不測の事態、予期していなかった事態が立て続けに起こります。これを放置しておくと、プロジェクトにとって「あるべきではない状態」になり、プロジェクトの遅延・炎上の原因になります。
こうした事態に遭遇したとき、いったい何が起きて、それが自分たちのプロジェクトにどのような影響を与えているのか?今どんな状態になっているのか?がわからないままでいるとパニックに陥ってしまいます。起きた出来事に脊髄反射してしまい、対応を誤ってしまいます。
そこで胸に刻みたいのがこの一文です。
一般に、不可解な物事が突然出現してびっくりしたとしても、言葉で表すことができれば、理解可能な範囲に収まり、気持ちも落ち着きます
(第一章 国語は冒険の旅だ 言葉を武器にせよ 渡部泰明先生)
想定外・不測の事態が起きたとしても、それがプロジェクトの構造のどの部分に対して影響を与えるのか?どのような意味を持つのか?を言葉で表現できれば、適切に対処できます。
また、想定外や不測の事態は、自分たちのプロジェクトに抜けていた視点や必要な物事を気づかせてくれる契機です。ただ応急処置的に対応するのではなく、その事態自体をプロジェクトの構造に「あるべき状態」として取り込むことができるようになります。
これについては説明すると長くなってしまうので、同じく本章で、平安時代の貴人が、異国の地で遭遇した危機を歌によって乗り越えたというお話に出ていた渡部先生の言葉を紹介しておきます。
和歌という特別な言葉だった場合は、表現する難易度も上がりますから、相手を組み伏せる力もずっと強くなる。組み伏せるだけではありません。相手の持っている強烈な力を吸収して、自分のものにだってできる。
そう。表現する難易度が上がるからこそ、それを表現しきることができれば、相手を組み伏せることができるはずです。
プロジェクトを表現する言葉を多様に、磨き上げよう
人間は言葉を通してものごとを考えます。だから、自分が使う言葉の範囲をこえては思考できない
(第二章 言葉で心を知る 心と言葉の深い関係 平野多恵先生)
先ほど私がプロジェクトと言葉の関係について書いたことは、ざっくりまとめると、「見えない状態を言葉で表現することがプロジェクトの成否に影響する」ということです。平野先生のこの一文、「自分が使う言葉の範囲」とは、「自分の過去の経験や蓄積してきた知識」とほぼ同じ意味だと考えます。
未知のプロジェクトの成功の定義やプロジェクトに関わる諸要素のあるべき状態を表現しようとするとき、「自分の過去の経験や蓄積してきた知識」だけでは、どうもしっくりこない、腑に落ちない表現になります。
そんなとき、できるだけ成功しているときのイメージを広げて、それを言葉に落とし込んだり、一緒にプロジェクトに取り組むメンバーの力を借りて、表現を多様にしたりといったことを行います。
また、自分たちがやったことのないプロジェクトでも、他者が既に取り組んでいるということがあります。そんなとき、他者が使っている言葉を借りてくるということもします。ただ、そうした誰かの言葉は個別具体的な状況に癒着していたり、他者にも通用するよう抽象的な表現になっていたりします。
他者の言葉を自分たちの言葉にするためには、個別具体的な状況に潜んでいる普遍的な原理・原則を、ベリベリと引き剥がす必要があります。抽象的な言葉であれば、それを自分たちに適用できるようにしなければなりません。本章では、清少納言の「うつくしきもの」という抽象的な言葉を、具体的なものと結びつけて、自分だけの表現にするエクササイズが紹介されており、こちらもたいへん参考になりました。
平野先生がお書きになったこの章は、プロジェクトを進めるための大事な言葉がちりばめられています。
“使い慣れた言いかたで満足していると、伝える力は伸びない”という一文がありました。これはプロジェクトに取り組む時の心構えや態度に関係してきます。
プロジェクトの対局にあるのはルーティンです。決まったことを手順通りにやれば期待した結果が出るタイプの仕事。そこでは言葉の意味は全員に等しくいきわたり、その組織のなかでこなれていきます。こなれた言葉はルーティンの世界ではよく機能します。疑いなく使うことができるので効率的です。千言万語を費やして説明する必要がありません。
しかしそれは一方で平野先生の言う「伝える力」を伸ばすことには働きません。
こうした言葉だけで未知のプロジェクトに取り組もうとすると、未知な状態を表現することが難しくなります。その言葉に固執して、ムリヤリその言葉でもって表現しようとしても、どこかに齟齬やほころびが生まれ、辻褄が合わなくなってきます。
自分たちのプロジェクトを表現する言葉を探し続けよう
第二章の最後に、こんな一文があります。
変化し続ける先の見えない世界。正解が一つではない場所で、自分を知り、その時々の状況にふさわしい答えを探しながら進んでいきます
プロジェクトとはまさにこれです。
未知のプロジェクトに取り組むことは、自分たちにとって新しい言葉を探すこと。自分たちのプロジェクトを表現する言葉を探し続けること、といっても良いのではないでしょうか。
私は中学校までしか国語を学校で習ったことがありませんが、国語の授業を通じてこのような概念や考え方に触れていられたらなぁと、この本を手にとって授業に活かそうとする先生のクラスの児童生徒を羨ましく思いました。もちろん先生ではなく、生徒自身が手にしても、国語の授業に臨む気持ちや態度が大きく変わるのではないでしょうか。そう感じさせるほど良い本でした。
最後に、2022年度から学習指導要領の改訂によって高等学校の「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変更されました。また、Project based learningに取り組む学校が出てきています。プ譜は総合的な探究の時間やPBLに取り組むツールとしても活用されているのですが、『国語をめぐる冒険』で語られている考え方を取り入れることで、より良い授業にしていけるのではないかと思います。