アートプロジェクトから学ぶ、プロジェクトの評価方法と記録の重要性

システム開発など狭義のプロジェクトマネジメント以外の分野。或いはプロジェクトマネジメントとは呼んでいないものの、「プロジェクト」っぽいことが行われている分野の方に、そのプロジェクトの進め方についてインタビューする自主企画の第2弾。
今回は、地域に密着したアートプロジェクトのリサーチを実施しながら、アーカイヴや評価プロジェクトのコーディネートと普及業務に従事している熊谷薫さん(アーカイヴ・コーディネーター/アートマネージャー)にお話を伺ってきました。


最初に、「アートプロジェクト」の特徴について整理します。

  • アーティスト一人の表現というより、関わる人々との共創的な要素が強い。
  • 開催される場所は、美術館、ギャラリー、音楽ホール、劇場など、専門の文化施設ではなく、野外や生活空間のなかで表現されることが多い。
  • 専用施設ではないため、運営がスムーズには進まない。アートになじみのない人々、場所や施設の所有者とのコミュニケーション(折衝、調整、許可の取得など)が発生する。
  • 主な関与者は、アートプロジェクトを自分の地域で実施したい自治体職員、施設や場所の所有者、地域の人びと、アーティスト、ディレクター、財団などの専門の中間支援組織スタッフ(アーティストと発注・依頼主になる自治体などとの間に入る人)。その他警察や保健所や消防署などプロジェクトに応じて関与者が増減、変化する。
  • そうした人々をプロジェクトの意義を伝えることで、理解してもらったり、関与者になってもらったり、巻き込んだりする。
  • まちの人びとがボランティアスタッフとして関わることが多い。
  • 鑑賞型だけではなく、参加型のものも多い。


関与者の多さ。それに伴うコミュニケーションの複雑さは、まさにザ・プロジェクトという感じがします。

展覧会開催などであれば、決められた予算と納期に合わせ、決められたシステムを粛々と開発して納める式のマネジメントが求められます。しかし、関与者が多く、不確実性も高いアートプロジェクトを進めていく上で、どのように目標(ゴール)を設定し、その目標が成功したかどうかの評価基準をどのように設けているのか。
ビジネスの現場で進められているプロジェクトは、当初の目標通りに完遂することが稀です。プロジェクトが終了したとき、当初の目標とはかけ離れたプロジェクトの姿に対し、何らかの成果を得ようと=評価を与えようとします。この評価の仕方いかんで、プロジェクトマネージャーやプロジェクトメンバーのキャリア、会社の今後の方向性やカルチャーなどが影響を受けます。なあなあで終わらせるのではなく、きちんと次につなげていく。教訓を引き出していくための評価方法を知りたい。
そんな問題意識をもって、熊谷さんにアートプロジェクトにおける評価の仕方、評価基準の設け方についてお話を伺ってきました。


まず、アートプロジェクトと新規事業などのプロジェクトの間に、どのような違いがあるのかを整理します。新規事業などのプロジェクトの欄は一概には言えないものもあるため、あえて空欄にしているところには、ご自身のプロジェクトはどうだろう?ということを考えながら覧下さい。


一見すると、「数値目標ハッキリしてなくていいのか、うらやましいなぁ」という感想を持ってしまうかも知れませんが、大事なのはそこではありません。
予算も納期も決まっている。プロジェクトのミッションはあるが、ゴールの姿はカッチリと決まってはおらず、そのプロセスもリニアではない。このような性格のアートプロジェクトでは、新規事業プロジェクトと共通するトラブル、問題が頻出します。 熊谷さんへのインタビューの目的は、プロジェクトの評価方法についてでしたが、プロジェクトの想定外へと対処方法や、プロジェクトを進めていく人の資質などについても参考になるものがありました。それらを下記にまとめます。


●アーティストという人 アートプロジェクトの進み方や評価方法からヒントを得る上で、アーティストがどういう人なのかということの理解が欠かせない気がします。 アートプロジェクトでは、発注者(例えば自治体)が、「このくらいの予算でよろしく!ミッションはこういうものです」とプロジェクトをディレクターに依頼し、そこからアーティストに直接の依頼が伝わります。 この点でアーティストはディレクターを介して、プロジェクトを与えられた人物ということになります。ビジネスのプロジェクトでは、自ら企画した場合を除けば、そうして与えられたプロジェクトを事業計画書などに基づいて進めていこうとします。 しかし、アーティストは与えられたプロジェクトを与えられたままにしないそうです。 「このミッションなら、こっちにした方がもっと面白い。みんなが楽しいし幸せになる。絶対やった方がいい。(意義がある)」と、自分がより良いと思う姿に変えていこうとする。
拙著『予定通り進まないプロジェクトの進め方』の第5章(P171)「問題を“与えられたもの”から“自分のもの”にする」でも触れていますが、公式や解き方を知っているだけで応用ができない「わかっていない人」と、それらを応用して問題を解く「わかっている人」の比較において、「わかっている人」は下記のような特徴があります。

  • 問題の中で与えられた事態を、問題の制約の範囲内で変化させてみている。
  • 当面の事態の中で、自分なりに新しい探究目標を設定してみて、それを達成するためにはどうしたらよいかと考えている。
わかる人というのは、与えられた問題を、自分の問題に変えている、と言えるわけですが、アーティストのこうした姿勢から、社内である日突然プロマネになってしまった人は学べることがあると思います。


●必要条件と十分条件 このようなアーティストの性格は、プロジェクトを与える立場(依頼の大元である資金提供者)にある人の目からは、ハラハラするものではないでしょうか。 こちらの言うことを聞いてくれない。意向を忖度してくれない。頑固そうだ。コントロールが効かなそう。暴走しないだろうか・・・? プロジェクトは基本的に未知の要素を含むものですが、未知の要素が多ければ多いほど、未知なるものに向かった経験の少ない人は管理をしたがります。自分の理解できる、常識の範囲内のことを求めて安心したくなります。 ここで発注者とプロジェクトマネージャーであるアーティストは衝突することもありますが、ここでも仲介者であるディレクターやアートマネージャーが間に入り交渉を進め、問題を解決したり軟着陸させたりしていくのです。そうした中で、プロジェクトを飛躍させるアーティストの特徴が発揮されることを教えてもらいました。

例えば、専門施設ではない場所でアート活動を行おうとすると、法律や慣習などの理由で許可できないことがあります。しかし、アーティストがこの活動を行う上では、どうしてもそこでなければならない、とした場合、そこで衝突が起こる可能性があります。ここでケンカ別れしてプロジェクトを炎上させてしまうのではなく、こうした場合、仲介者のディレクターやアートマネージャーと相談しながら、アーティストはどうしても譲れない点と妥協できる点を分けて対応するそうです。(場所は譲れないが、素材や設置日数は譲る、というようなこと)

大巻伸嗣「プラネテス -私が生きたようにそれらも生き、私がいなくなったようにそれらもいなくなった-」
TOKYO数寄フェス2017出品作品
http://sukifes.tokyo/program/planetes.html

これも同じく拙著の第5章(P185)で解説している「必要条件と十分条件」の話に通じます。必要条件とはある物事が成り立つために絶対に必要な条件で、十分条件とはその物事が成り立つうえであれば尚よい、という条件です。 頑固なように見えて、状況に合わせて柔軟に対応する。それができるのは、ミッションを自分が納得できるよう解釈・変形させ、プロジェクトにとって何が幹で枝葉かということが必要条件と十分条件が整理されているからではないかと思いました。

余談ですが、プロジェクトを進めていく上で、アーティストの面白いテクニックを教えてもらいました。 上述の管理したがる発注主に対し、アーティストたち制作側は発注主が安心するルーティン的な活動を行いつつ、水面下では先鋭的・実験的な試みを行い、それがうまくいき始めたら表に出すということをするアーティストもいるそうです。プロジェクトを自分の問題としているプロマネであれば、そうした試みをしてみるのも一つの手ではないかと思います。


●アートプロジェクトの評価と記録 ようやくアートプロジェクトの評価について、です。 自治体の予算や政府の助成金などを使用する場合、アートプロジェクトの評価はどうしてもわかりやすい、展覧会の来場者数やチケットの販売金額といった数値目標を求められます。 しかし、アーティストからすれば、アートプロジェクトを通じて起こった質的な変化(個人の内面や行動の変化、そこから派生した周辺の状態の変化)をこそ評価すべきであると考えます。
プロジェクトに携わった地域のおばちゃんたちのコミュニケーションが活発になった。プロジェクトが進む中で新しいプロジェクトが生まれ、参加者が主体的にそのプロジェクトを進めるようになった。おとなしかった地域の人々が創造性を発揮し始めた。参加型アートに参加した高齢者施設の入居者がイキイキとするようになったなど。熊谷さんはこれを「質的な言語化」と呼びましたが、ビジネスのプロジェクトにおいてもこうした定性的な評価があっても良いのではないかと思います。
プロジェクトでどのような結果(数字やプロダクトの完成)が出たかという「アウトプット」だけでなく、そのあと、どういう波及効果があったかという「アウトカム」。それが社会的にどんな影響を与えたかという「インパクト」。これを会社に当てはめるなら、「会社にどんな影響を与えたか」という評価指標があっても良いのではないでしょうか。
こうしたアウトプット以外のプロセスを評価しようとすると、その記録が欠かせません。
アートプロジェクトではこうしたことに備え、アーカイブする習慣があるようですが、何をどのようにどこまで記録するかはプロジェクトによって異なることと、そのための労力もかかるため、記録作業を十分に行うことは難しいようです。 そこで思うのは、拙著で提唱しているプロジェクトの可視化ツール「プ譜」を、アートプロジェクトでも活用できるのではないかということです。 プ譜はプロジェクトの状況の変化を把握し、メンバーと共有することを第一義としていますが、熊谷さんと話すなかで、「評価のための記録物」としての価値があることを発見しました。 私たちは評価という言葉に、どこか冷たい、それが当初の目標を果たせていない時に失敗の烙印を押されるようなイメージを持っています。しかし、従来のいわゆるアウトプット偏重の評価ではない、プロセスや質的な評価は、そのプロジェクトやプロジェクトに関わった人々の次につながるような、創造的な営みになるのではないかという気がしました。


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