シンク海戦 ~わがゆくは洗い物の大海

帝政ツマノフ王朝とオットー民主共和国は、15年にわたって平和状態が続いていたが、シンク海の利権をめぐって小規模な戦闘が続発するようになった。

シンク海は古くから豊かな漁場であり、両国間はその利権をわがものとするため陰に陽に活動を展開していたが、長い歴史の中でツマノフ王朝が先に漁場をあらし、オットー共和国が後片付けをするという構図が定着していた。
この状態に業を煮やしたオットー共和国軍司令部の武力行使派によってシンク海沿岸で両国の哨戒船が衝突。これを契機に、ついに両国間の大規模な海戦が勃発する。
時に帝国暦38年、共和暦37年。世に言う「シンク海戦」である。

海戦は通常「洗艦」と呼ばれる兵器によって行われ、相手艦隊の撃滅によって戦闘終了となる。
洗艦には重量大型艦から軽量小型艦まで様々な種類があり、一般的に重量大型艦を旗艦として艦隊を組む。

ツマノフ王朝軍はその圧倒的な物量によって、当時としては世界最多の重量大型艦を4(フォー)セット揃えていた。

シンク海戦に参加した大型洗艦は以下の通りである。

第一旗艦 アーツリョック
第二旗艦 フライパンツェフ
第三旗艦 レミーパン
第四旗艦 ド・ナーベン

アーツリョックは重量、サイズ共に最大であり、そのヒュルルルルッという独特のエンジン音は「悪魔の口笛」と対戦した相手国兵士を恐怖に慄かせたという。

フライパンツェフは世界的に最も量産されている洗艦であるが、ツマノフ王朝軍のそれはエンジンに油を必要としない、セラフィット社製の最新洗艦である。

第三旗艦のレミーパンにも触れねばなるまい。
海戦勃発時では、すでに海に浮かぶ化石と揶揄されていた旧型艦であったが、この洗艦を開発したのは帝国の狂気の才媛と謳われたH・レミー女史である。
この女性は歌、料理などの才能に恵まれているばかりか、自ら洗艦を企画設計するという天才的な能力の持ち主であった。その設計は現代でも十分に独創的であり、焼戦・蒸戦・煮戦・炒戦などの戦闘に対応するマルチプル洗艦であるため、シンク海戦にも帯同されたという訳である。

また、ド・ナーベンはレミーパン同様の旧型艦であり、浮かぶ粘土船と揶揄されていたように、もろく欠けやすい材質でできており、戦闘の役には立たぬと思われながら、艦数の多寡でもって敵を圧倒しようとするツマノフ王朝の戦闘思想によって無理やり帯同させられていた。搭乗させられる乗員にとってはたまってものではないが、いつの世も戦闘において本質的な目的は脇に追いやられ
てしまうものである。

ツマノフ王朝軍に対峙するオットー民主共和国軍を率いるのはM・タカホフスキー提督である。
タ提督はこの海戦において物量では圧倒的に不利な状況にあるため、洗艦の性能ではなく砲弾の性能によって海戦を有利に進めようと考えていた。
プロクター・アンド・ギャンブル社やライオン社から様々な砲弾を購入し、敵洗艦の性能に応じて砲弾を打ち分けることに訓練時間の大半を注いだ。

そして迎えた海戦開始の夜。
洗場となったシンク海はツマノフ王朝の大艦隊によって舷舷相摩すきしみを立てている。

タ提督は洗闘に先立ち、電文を打つ必要があり、既に「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス」という電報を起草していたが、さらに当日の天候状況と洗況の見込みを次の一文を加えることで表現しようとした。

本日天気晴朗ナレドモ波高シ ―。


この一文によって、洗闘は単なる洗闘を超え、文学となったのである。


タ提督が立てた洗略はこうである。
まず砲弾を旗艦に集中。各個撃破し、敵戦力の早期大幅低減を目指す。
撃沈した大型洗艦の上部に残る小型洗艦を撃ち沈めることで、シンク海のスペースを有効に活用することができる。
果たして戦況はタ提督の思惑通りに進んだ。

「打て打てーっ。勝利の女神な貴様たちの前に下着をちらつかせているぞっ!」

オットー共和国の各洗艦司令官が砲撃を指揮する。
敵第一旗艦アーツリョックにこそ手こずったものの、フライパンツェフは油が不要という特徴がアダとなり、少ない砲弾で撃沈されてしまった。最後まで徹底抗戦の構えを見せたのがレミーパンである。
レミーパンの船底にこびりついた長年の揚げ物のカスのような汚れはなかなか落とすことができず、何度も砲撃を繰り返すことで、ようやく撃沈することができた。

洗前は圧倒的不利を予想されたオットー共和国であったが、タ提督の洗略により常に洗況を優位に進めることができた。

もはや敵主力艦は沈み、シンク海に浮かぶのは敗残兵を収容するタッパー艦が漂うのみである。
勝利の美酒にひたろうとした、その時である。

「正体不明の艦影発見!」

掃討戦のためレーダーを注視していた船務長が艦内のゆるんだ空気を切り裂くように叫ぶ。

「方位042、プラス9。出力急上昇中です!」

「直ちに、艦影照合」

タ提督の命令に応じて船務長がツマノフ王朝軍の洗艦データベースを照合する。

「敵艦、ヌ・・・ヌーメリオンですっ!」

ヌーメリオン。それはツマノフ王朝軍の技術の粋を集めた最新鋭の洗水艦である。
世界最高の潜航深度を誇り、これがためオットー共和国軍のレーダーでは捕捉することができなかった。
海戦途中からシンク海の奥深くに潜み、共和国軍の疲労がピークに到達し、弾薬が尽きる頃を見計らい、ついにその姿を戦場に見せたのである。

「距離300!」

急激に距離を詰められた上に、いったん冷えた砲身から放つジョイ砲弾やチャーミー砲弾ではではヌーメリオンのぬめったコーティングを施された外壁はびくともしない。

「・・・ハイターニアン砲を使うしかあるまい」

「ハイターニアン砲を、、、でありますか?」

上官の命令には絶対服従の洗員が命令を復唱せず、命令の再確認をしたのには訳がある。
ハイターニアン砲は国立カオウ大学のK・ハイター博士が研究開発した、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウムを配合した対洗水艦式砲弾である。
この成分には独特の臭いがあり、使用時には洗艦の窓をすべて開け放ち、換気を十分に取らねば体調に支障をきたすという副作用があり、また一度に大量に使用したり、続けて長時間使用できないという弱点があったためである。

タ提督はその諸刃の剣とも言える砲弾の使用を決定。

「距離、100で砲戦を開始する」
「了解。100で砲戦開始。右舷上方、砲戦用意!」

ヌーメリオンは既に肉薄し、手を伸ばせば触れられる距離にある。

「ミサイル戦闘。10秒後に発射。防空戦闘圏突入で各砲撃ち方はじめ」
「了解。ミサイル装填、タイプH。ハイターニアン弾頭。諸元入力」

「(撃)ってー!!」

・・・

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いかがだったでしょうか?

このように脳内洗艦ごっこを行っていると、つまらなかったり苦痛に感じたりする洗い物がとても楽しい体験に早変わりします。
これを繰り返してしていると、洗い物が山積みになったシンクを見ても「駆逐してやる!」という気持ちがふつふつと湧き上がって参ります。


タカホフスキー提督の部分を旦那さんの名前を外国人風に変えて頂くことで(もちろん日本人風でも中国人風でもOKです)、自分が歴史上の偉大な人物になったような気分も味わえますので、旦那さんが洗い物を進んでやってくれないですとか、ブツブツ言いながら洗い残しが目立つとかいうことがございましたら、ぜひこのシンク海戦をお勧め下さい。

諸君の健闘を祈る。

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