2015/08/12

10歳記念の父子旅行以来、26年ぶりに博多へ行ったよ。

先月、大阪と福岡へ「観光」と「物産」をテーマにした動画制作ワークショップを行いに出張しました。
その福岡。
博多へは私が10歳記念に父と九州一周旅行をして以来、26年ぶりでした。
26年ぶりというだけでなんだかこみあげて来るものがあって、ちょっと思う所を書いておきたいと思います。

■10歳になったら父子旅行をする

わが家は子供が10歳になると、夏休みに父と二人で一週間ほどの長旅をすることになっていました。

長男の私は九州。
次男は中国。
三男は四国。

それぞれに行きたい場所とテーマを選んで行くのですが、私の場合は「九州のラーメンを食べる」がテーマでした。

記憶が不確かながら、旅程は以下のような感じだったと思います。

●一泊目
大阪かからフェリー(サンフラワー号)に乗って、船中一泊して大分別府港へ。
人生初のフェリー泊。

●二日目
鹿児島へ向かい、桜島を見学し、敬天閣というホテルで一泊。
人生初のさつま揚げを食べる。

●三日目
熊本へ。父が女子高生においしいラーメン屋を聞いて、昼食にラーメンを食べる。
たぶんここで一泊。

●四日目
長崎へ。人生初の長崎ちゃんぽんを食べるも、量が多すぎて残す。
ちゃんぽん屋で帽子を忘れる。
人生初のユースホステルで一泊。
朝食に出ていた生卵を金髪碧眼の外人が卵ごはんにして食べていたのを見て驚く。
夏バテしたのか終日ダルく、見学予定だった原爆資料館には行かず。

●五日目
福岡へ。宿がなかなか見つからずタバコ屋の二階に2~3部屋しかないような宿に泊まる。
近場にちょうどいい食事処がなく、焼き鳥屋に行って、焼きおにぎりと串焼きソーセージを食べる。

●六日目
行かずに済んだと思った原爆資料館は、広島で降ろされ強制的に見学させられる。


当時はインターネットのホテル予約やおいしいラーメンのクチコミサイトなどはなかった時代でしたから、父は教職員組合の宿泊施設帳を片手に宿を探し、そこが満員だった場合はタウンページ等で探し、公衆電話から予約の電話をかけていたように思います。
おいしいラーメン屋も道行く人に聞き込みするような感じで、今にして思えばずいぶん不便なことのように感じますが、当時はそれくらいしか手段がなかったでしょう。

私は娘が2歳の頃から何度か実家へ父子旅行をしていますが、この経験からしても10歳とはいえ子供を連れての長旅は大変であったろうと思います。


それにしても、父はなぜ子供が10歳になったら子供と長旅をすると決めていたのでしょう?

どこかにそんな小説や映画といったモデルがあったのか、自分も父親(私にとっての祖父)にそうしてもらったのかはわかりません。
「子供、10歳、旅行」といったキーワードでググッてみても、そのようなストーリーはないようです。


■人はお膳立てされたストーリーを喜ぶのだろうか?

話の方向性がガラリと変わるのですけど、
この子連れ旅行は本当に大変だったと思います。

なので、企業はこうしたストーリー性のある旅行プランをつくって、宿の手配を楽にしてあげたり、親子チケットで交通費がお得になる切符を提供してあげればいいんじゃないかと思うのですが、それを喜ぶ親と喜ばない親がいるのだと思うのです。

子供が10歳になったら父子旅行!

なんて、
父がいない家庭だったらどうすんだとか。
なんで父子なんだ。母も一緒じゃないのかとか。
そのタイミングに奥さんが子供を産んだばかりだったらどうすんだとか。
(ちなみに、私が旅行に行った夏の5か月前に、母は三男を出産していたのですが、よく送り出してくれたもんだと思います)

恵方巻のような新しい風習を全国的に広めるのも、なんというかいやしい感じがするし。

なんというか、もし企業がユーザーのこうしたストーリーを自社の販促に活用する時は、
それを共創とか言って商品化するのではなく、
ユーザーが使いたい要望にそっと寄り添うようなサービスが提供できるといいんジャマイカと思った次第です。


・・・で、結局なんで父が子供が10歳になったら旅行に行こうと決めたのかは分からないですが、たぶん私は娘が10歳になったら父子旅行に行くんだと思うのです。

博多名物、二◯加(にわか)せんぺい